今回は人知を超えた智慧と理論を融合させ、トランスパーソナルな領域に到達する究極のキャリアデザイン・コーチング手法についてだ。

人知を越えた智慧と理論

人知を越えた知恵と理論を所有すること・・・

例えば、トランスパーソナルな世界観を論理的に提示できるようになれば、それは可能だろう。

東洋と西洋、具体と抽象、意識とスピリチャルな領域(偶然)などを網羅し、包括的にデザインすることは出来ないだろうか。・・・・

もちろん、彼の理論を否定しているわけでも、肯定しているわけでもない。

  • 理論はすべて後付されたものであり、現実に目の前で起きていることが真であると考えている。
  • 多くの人が信じて疑わない科学的な根拠も、反証可能性がなければ真に科学的とは言えない。

だから、理論に従って実践したとしても皆が同じような結果にはならないことを、多くの実践者が理解している。

しかし、それがインテグラル・デザイン研究の動機となり「総体的設計図最適化」(Integral Design Optimization)を試みる1つの切っ掛けとなったことは確かだ。

だが、いざ始めてみると、それが如何に無謀であるかを嫌というほど思い知らされた。

私の能力では現世において到達できないことがわかってしまったからだ。

残る道は来世に望みをかけるしかないが、

再び人間に生まれてこれる確立は如何程のものか?

生まれてこれたとしても、すべてを忘れている可能性は極めて高いだろう。

 

インテグラル理論

つまり、追求した結果、待ち受けていたものは「絶望」だった。

自分には不可能であることを悟った時、身体が硬直し、気が遠のいていくのがはっきりとわかった。

その日の夜、私は救急外来を訪れ、病室のベットの上に横たわったいた。

それは6年前の平成23年夏の出来事だった。

この時期、私は極度のストレスからか、メニエール、前立腺ガンの疑い、耳鳴り、高血圧、腎機能など、多くの機能障害に悩まされ続けていた。

正直死んだほうが楽だと思ったくらいだ。

もちろん、その絶望だけが原因でそのような状態になった分けではなかったが、

いろいろなことが一度に決着のついた時期だったことは間違いない。

自宅に戻ってからも1年間、ほとんど仕事が手に付かない状態だった。

ある時、意識が朦朧(もうろう)とする中、気の向くまま動かしていた手が止まった。

「インテグラル・スピリチュアリティ」・・・・・・・・??

参考▼

私が自分の体験や経験から学んだノウハウやマインドセットに興味のある方は「ライフデザインの常識が変わる構造俯瞰型プランニング・・・」「心と体をよりクオリティーの高い次元へ導く・・・・」などを覗いてみて欲しい。

インテグラルとスピリチュアル

インテグラルな企みに未練のあった私は、無意識にそのキーワードを打ち込んでいたのだ。

なぜ、今まで「インテグラル」というキーワードで検索しなかったのか?

「インテグラル・スピリチュアリティ」・・・・・・

「インテグラル」と「スピリチュアリティ」が一緒になっていることに私は衝撃を受けた。

興味のない人にはその衝撃がいかなるものだったか、想像することはできないだろう。

そして、瞬時にしてある感覚を得た。

それは、私はずっと以前からこの理論を知っていたのではないか、というものだった。

ずっと以前とは、数十年前という話ではなく、もっとずっと前(前世)という意味だ。

これまで、私はこの理論との出会いを公にはしてこなかった。

1つには誤解されることを恐れたためだ。

スピリチュアリティという響きが誤解を招きやすいスピリチュアル的なワードだからだ。

当時「あやしい」とか「まやかし」というイメージが一般的だったからだ。

最近ではだんだんと市民権を得るようになってはきたが、それでもまだ怪しい雰囲気は拭いきれていないだろう。

私が高層に弟子入りして修行していることを明かすことさえ長い時間を用したが、それよりも更に慎重さを必要とする言葉だった。

ビジネスに関してだけ云えば、それを明かさないで応用していた方が私としては楽だ。

クライアントや市場がコノテーション(暗示的意味)として、それを私の競争優位性として認識していてくれているからだ。

ではなぜ、ビジネスの骨格の1つでもある重用な理論をわざわざ公開する気になったのか?

この理論を温存してビジネを続けていくことに苦痛を感じ始めたからだ。

だから、この負担を少しでも軽くして、もっと快活にビジネスを継続していきたいと考えた。

>>インテグラルデザイン研究に関してはこちらもご参照ください。

インテグラル思想の提唱者とは

この理論を私に提示してくれた人物。

そのは「ケン・ウィルバー」・・・・・

彼はアメリカの現代思想家であり、インテグラル思想の提唱者だ。

著名な思想家たちに天才と言わしめた人物でもある。

彼は、1949年1月31日、アメリカ合衆国のオクラホマ州に生まれた。

1968年にデューク大学の医学部に進学し、そこで「老子」(Tao Te Ching)と出逢う。

それがきっかけとなり、アイデンティティが大きく揺さぶられ、深刻な精神的危機を経験することになる。

その後デューク大学を退学し、University of Nebraskaに再入学し、化学と生物学を専攻しながら、東西の哲学書を読破し、瞑想等の実践に集中的に取り組み始めるようになった。

その後、生物化学の専攻生として大学院に進学するが、哲学的思索と修行の実践を重んじていた彼は、学位の取得を目前に退学し願望を実現させる。

  • 1973年『意識のスペクトル』(The Spectrum of Consciousness)を完成。
  • 1978年ジャック・クリッテンデン(Jack Crittenden)と協力して、雑誌ReVisionを創刊。
  • 1984年から1987年まで執筆活動をほぼ完全に停止。
  • 1993年10年ぶりの理論書を完成させ『進化の構造』(Sex, Ecology, Spirituality)
  • 1996年『進化の構造』の「要約」として『万物の歴史』(A Brief History of Everything)
  • 1997年『進化の構造』について投げかけられた批判に応答し『統合心理学への道』(The Eye of Spirit)
  • 1998年Random Houseより、『科学と宗教の統合』(The Marriage of Sense and Soul)
  • 1999年に『ワン・テイスト』(One Taste)
  • 1999年にIntegral Psychology
  • 2000年『万物の理論』(A Theory of Everything)

引用元-Wikipedia

さいごに

彼について極一部のことしか紹介できないが、とにかく沢山の書物があるので知っている人もあるだろう。

しかし、私は4回目の絶望に至るまで彼のことをまったく知らなかった。

彼の理論を気ままに解釈した下位概念には知らずに触れていたらしいが・・・

自己成長と卓越した理論に興味のある方は、是非読んでいただきたい。

翻訳の関係もあって一見難解のように思えるが、実にシンプルでわかりやすい内容なのでチャレンジしてみて欲しい。

もちろん、文だけで彼の「義」と「意」をとらえることは困難だと思うが、

人生がこれまでと違った方向に向かって動き出すことだろう。

そして、彼の生き方そのものに共鳴を覚える人もあるに違いない。

※ケン・ウイルバーは、トランスパーソナル心理学の発展に貢献してきた人物としても知られているが、1990年代にトランスパーソナル思想を構成要素としたインテグラル思想を提唱し、トランスパーソナルとの「訣別」を表明している。

ではまた。

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