今回のデザイン・コーチングは、セルフイメージ、コンフォートゾーン、失敗の兆候、暗示部分を汲み取る力などについてです。

セルフイメージ×コンフォート

「僕の人生これからどうなっちゃうんだ?」

目線が下がり、背中はだんだん丸まっていきました。

答えを導き出せないまま、もがき苦しむ日々が何日も何日も続きました。

全てのことが難しく思え、そして全てのことが良い結果に結びつきません。

「いったい何がどうなっちゃったんだ?」

自分がだんだん薄れていって、価値のない存在になっていくような気がする。

「なぜ、こんな状態に追い込まれてしまったんだ、こんなパターンで自殺してしまう人って結構いるだろうな・・・」

そんなネガティブなことしか考えられない日々が延々と続いたわけです。

ダメージがコンフォートゾーンになる時

この時はセルフイメージが最悪な状態でした。

意味を成さないプライドが邪魔をして失敗を素直に受け止められない。

そのことが、さらにセルフイメージを傷つけていました。

つまり、敗北感から抜け出せない仕組みを、自覚のないまま自ら作り上げていたわけです。

それがコンフォートゾーンになってしまったことに長い間気づくことができませんでした。

人は生来から我が強く、なかなか負けを認められない生き物です。

それが、恐ろしいほど心身のバランスを崩す。

それをこの時体験しました。

理想と現実の葛藤

事実を捻じ曲げ、物事を自分の都合のいいように解釈し、正当化して、そこ(パラノイア世界)に固定点を持ちながら抗い続けました。

現実世界(スキゾ)と理想(パラノイア)が交錯する、混沌とした状態に陥ってしまったわけです。

そのように思考が錯乱した状態でも、ただ1つだけ確信をもてたことがありました。

それは、私が転職した4社のうち2社は3年以内に無くなるということでした。

実際そうなりました。

そのことがある傾向からはっきりと読み取れたのです。

失敗が明確に観える時

それは、表面上に顕れる手前のところで、発見することができます。

気質とでも言いましょうか、もっとソーシャル的なところです。

まず、言葉の使い方にそれが明確に現れるからです。

もっとも重要な部分は、その言葉の暗示的な部分です。

つまり、その言葉が何を言ってないのか?

自覚のないコノテーション(暗示的な部分)に、その本質があります。

ある一定の訓練を重ねていくと、それが読み取れるようになります。

デノテーション(明示的意味)ばかりがに目が向く人が、ビジネスをしてもうまくいきません。

私の場合は、それが強制的に身についたわけです。

世の中には、こういうセンスが際立っている人がいます。

尋常じゃなく仕事が出来たり、人気があったりします。

いわゆる、一流と言われる人の中に多く存在しています。

実績のある創業者から学べ

その後、また転職して全国で430店舗展開している小売店に勤め始めました。

この創業者は業界でも超有名な人でした。

人を上手く働かせることで有名だったんです。

彼の格言に「修羅のごとく仕事する」というのがありました。

それを社員にまで浸透させようと試みていたらしいのです。

私がそれを知り得た理由は、後ほどわかります。

他には、、、

  • これでいいということはない
  • 問題は前に進んで解決しろ
  • 赤信号、早朝だから無視しても大丈夫
  • 一方通行、バックしてでも時間を短縮しろ
  • 本部はお店のためにある
  • 現場に赴いて、困っていることを即、解決してあげろ
  • 売れ筋探す前に死筋を撤去しろ
  • 入荷した日を現場で聞いてみろ
  • 何が売れているかを現場で聞け
  • まだ5分ある
  • もっと考えてみろ
  • 答えを探すな、質問を見い出せ
  • 社長のまねをしろ、社長のようにやってみろ

まだまだありますが、このくらいにして先に進みます。

考え方を精査する

この創業者に2年間しっかりマークされ、その際に店舗マネジメントの考え方を叩きこまれました。

また、それと同時に、この会社でとても重要なことを学びました。

それは、成功する人と失敗する人の考え方の違いです。

なぜなら、この会社には元経営者が数十名いたからです。

中には「えっ、この人が?」というような大物もいらっしゃいました。

参考
この会社の上司と偶然再開し、2010年に輸出業を行うべく準備しておりましたが、翌年の原発事故の影響で頓挫し、また失敗経験が増えました。それにもめげずメディカル・ツーリズムビジネスで切り返しを図りましたが、こちらも大赤字で2年で撤退しました。このように失敗経験を今でも順調に重ねております。

業種や経営規模の違いは様々でしたが、原因は粗一緒。

数年前から経営に限界を感じて創業当時の情熱を失っていた。

それでここらが潮時かなと思ったというのが大まかな原因でした。

とにかく、「僕とまったく同じだ!」と思ったんです。

微妙なシグナルを見逃すな

この時、これまでの自分の愚かな考え方に嫌気が差し始めました。

それで、「ここにいたらいけない」そう思うようになりました。

この時、明らかにスイッチが切り替わった感覚がありました。

その翌年独立し、ほぼ無休で一日15時間以上働いて出店を重ね、3年間で9店舗のマネジメントを手がけました。

閾値を超えたゾーンを企画し、その企画によって自分の行動をコントロールする。

それは、カリスマ経営者から叩きこまれた方法を他で実践する手段でもありました。

そのカリスマが開店のお祝いをもってお店にきてくれました。

「おめでとう」そう告げると、彼はその場を直ぐに立ち去りましたが、私はその場に立っておられず、バックヤードに駆け込み号泣しました。

痛みが力に変わる時が必ずやってくる

それから3年後、年商が3億を超えた頃、経営方針の相違から辞任退職に追い込まれ、それが原因で鬱状態に陥りました。

どうやら彼は、私を共同経営者だとは思ってなかったようです。

「休みも返上して働いてここまでしたのに!」

「でもあんな卑劣な人間達から離れられてラッキーだったかもしれない」

「でも、どうしてまたこうなるんだ・・・」

怒り、憤り、虚しさ、そして開放感とが共存した妙な感覚でした。

精神的に相当ショックだったのでしょう。

全身の力が抜けたようになり、それ以降全く行動する気力がなくなりました。

医師の見解では「うつ病」と診断されたでしょう。

当時は、そのような固定点(病名)があることすら知りませんでした。

これを不幸中の幸いというのでしょう。

なぜなら、この時医師に依存していたら、薬漬けにされ、再起業できなかった可能性が強いからです。

私は、この鬱陶(うっとう)しい状態をカウンセリング、マインドフルネス・ストレス低減法、リアリティーセラピーという概念、そして心理学や哲学によって克服しました。

私はその道のプロではありませんが、数名の改善事例もあります。

もちろん、薬物は一切使用していません。

この時の経験が、ミッドライフ・クライシスを克服する概念へと繋がりました。

次回は「生産性の高い環境を所有し、自分の強みに磨きをかける方法」です。

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