前回の「セールによって人生を変える思考と人格が研かれる」では、勘違いによって色々な弊害を生みだしている。

それはセールス、ファイナンシャル、キャッシュフローその他すべてのことに関して言える。

それを解決するためにはやはり今までとは違った考え方をしていかなければ何も変わらない。

そのためには、抽象思考でアプローチしていく構造俯瞰型の思考法が適していると言うお話をしました。

今回は、コンセプトとストーリーの重要性、プロセスとコンステーレーションの重要性、そしてセルイメージやコンフォートゾーンなどについて解説します。

パーソナルデザイン・メソッド【IDO式の発見】Ⅲ

起業する前は、仕事を作り出し、それをどんどん人に任せていって、会社とスタッフを成長させる事に生きがいを感じながら、儲かる仕組みづくりに勤しんでいたことは以前の投稿でもお話しました。

自分のやる仕事を少なくしていって、今一番自分がやる必要がある仕事に時間を集中させることを常に心がけ、仕事のイメージと組織の構図を照らし合わせながら行動していました。

そこには仕事を早く終え、遊びに行きたいという個人的な快楽への追求があったことは認めます。

それよりも仕事ができる自分のイメージを崩したくない、できる上司を演じ続けていたいという気持ちの方が勝っていたのかもしれません。

つまり、常に社内でも社外でも自分がカッコイイことを認めてもらいたかったのです。

カッコイイ!それが当時の私の個人的なコンセプトになっていました。

遠慮と低技量の共存

起業してからというものは「なんでこんな簡単な仕事ができないんだ!」と内心ではメンバーを罵倒しつつ、「いいよ、僕がやるよ」と、爽やかさを装って、一旦任せたはずの仕事をスタッフからどんどん奪っていきました。

なぜなら、従業員に対して不甲斐なさを感じているのと同時に遠慮があったからなんです。

取締役の時には、バンバン云えてたことが、経営者になった途端云えなくなってしまったんです。

これは私に限ったことではなく、経営者の中にはこうした感情を抱いている人が非常に多いのです。

同時にこれは、自分の技量の低さを証明していることにもなります。

本来であれば初めからやる気のないメンバーなど存在しません。

(ただし、経営者が間違っているから自分の行いは正しいのだ。と思うのも行き過ぎた考えです。経営者も人間ですから未熟なところがあるのです。お互い未熟な部分を補い合って生きていくのが人間の世界でしょう。)

パラサイト・シングル(自立心が極めて弱く育ってしまった人)がいて、親が面倒を見ている状態と一緒です。

そのような関係性が続いて、どうにもならなくなってから、結局解雇するというケースが数多あります。

人生設計に大きく欠けているもの

こうした事態を招いてしまう原因の一つに、事業コンセプトに魅力が欠けていることが考えられます。

そして、個人のライフプランにもこれと同じことが言えます。

何の夢もない、目的の曖昧な人と是非結婚したいと言う人はいないからです。

障害があっても、一緒に乗り越えていけるような人とでなければ前進できません。

同じような願を懐き、協力しあっていけるような人とでなければ、その関係性は長く続かないでしょう。

したがって、個人のライフプランにも魅力のあるコンセプトは必要です。

そして、そのコンセプトをコアにしてストーリーを伝え続けることが重要です。

ストーリーを伴わないコンセプトは相手に理解しづらいものだからです。

どうしてそれをコンセプトにしたのか、魅力的な物語が必要なのです。

そして、その2つが豊かさを最大化してくれる大きなポイントになります。

何を語るかで人生は変る

魅力を欠いたコンセプトとストーリーだったために、最終的に私は、1人で8割近い仕事を引き受ける羽目になり、精神的にとてもつらい思いをしたことを今でも思い出します。

「カッコよくいたい」という残像だけが存在する、実益の伴わない組織が出来上がってしまったのです。

だから、ほぼ一人の力で、自分と従業員の生活費を稼ぎ出さなければならなくなってしまったわけです。

起業する前はビジョンを語っている自分がそこにいました。

しかし、起業した後は利益に繋がる経済的なことばかりを従業員たちに語っている自分がそこにいました。

「なんで、給料払いながら、こんな仕事まで僕がやんなくちゃいけないんだ!」

という思いが自覚のないまま言葉の端々に滲み出てしまっていたのです。

その結果当初の目的とはまったく真逆の方向へと進み続け、徐々に情熱を失っていき、耐え難いストレスを感じながら、いつしかお金のことしか頭にないような嫌な奴になっていったんです。

このようなマインドを抱えた状態の言動は非常にヤバイわけです。

離婚直前のご相談の中に、これとよく似たケースがあります。

どんどん視野が狭くなっていって、極めて内向的になり、自滅していく典型的なパターンです。

離婚の原因で、「性格の不一致」という理由が一番多いのも頷ける話です。

プロセスとコンステレーションを俯瞰する

また、1人では、なにごとにも限界があります。

行動する前に一度冷静になって、自分の置かれた状態を把握して見てください。

その際にはプロセスとコンステレーションを確認してください。

プロセスとコンステレーション(布置・配置)を確認しておくことは、仕事でも個人においても非常に重要です。

その際、マインドマップを活用すると整理しやすいので、フリーソフトをいくつか掲載しておきます。

XMaind,FreeMind,Frieve Editor

上記のフリーソフトを使ってプロセスとコンステレーションを俯瞰できるように取り組んでみてください。

たった一人でいくつもの役目を負うことに慣らされている

もしかしたら、プロセスやコンステレーションが、ほとんどあなたの名前になってないでしょうか?

もしそうだとしたら、あなたは間違いなく失敗のシナリオに従ってものごとに取り組んでいることになります。

私の場合は、だんだん会社に行くのが辛くなって、毎日の様にイライラしながら、スタッフと接するようになっていきました。

そのような心情も相俟って、経営の方も上手く行かなくなっていき、とうとう耐え切れなくなって、結局、従業員の雇用継続を条件に会社を譲渡するはめになりました。

年商は4億ほどありましたが内実はもうボロボロで、会社譲渡後に私に残されたものは、多額の借金と絶望感だけでした。

最悪だったのは、譲渡後、更に経営が悪化し、結局、その1年後に会社が閉鎖するこになってしまったことです。

「借金を背負ってまで従業員の生活を守った僕の思いは、どうなっちゃうんだ!」

もうやりきれなくて、情けなくて、円形脱毛症にまでなって、この時は本当に橋の上から飛び降りる寸前まで行きました。

いよいよと思った時に、娘の顔がちらついて辛うじて思いとどまりました。

コンステレーションとプロセスがほぼ自分で埋まってしまっていたために、最終的には背負いきれなくなって、このよう悲惨な事態を招いてしまったのです。

セルフイメージとコンフォートゾーンは重用

それからというもの何をやっても上手く行かず、アパレル関連4社を転々としました。

同じアパレル業でしかも得意だったはずのセールス。

セールス以外には何もしてないはずなのに上手く行きませんでした。

「僕の人生これからどうなっちゃうんだろう?」

目線が下がり、背中はだんだん丸まっていきました。

答えを導き出せないまま、もがき苦しむ日々が何日も何日も続きました。

全てのことが難しく思え、そして全てのことが良い結果に結びつきません。

「いったい何がどうなっちゃったんだろう」

自分の存在がだんだん薄れていって価値のない存在になっていくような気がする。

「なぜ、こんな状態に追い込まれてしまったんだろう、こんなパターンで自殺してしまう人って結構いるだろうな」

そんなネガティブなことしか考えられない日々が延々と続いたわけです。

傷ついたセルフイメージがコンフォートゾーン化すると最悪

この時は明らかにセルフイメージが最悪な状態だったわけです。

失敗したことを素直に受け止めきれないでいた。

意味のないプライドだけが、さらにセルフイメージを傷つけ、長い間、敗北から抜け出せない状態を何時の間にか作り上げていました。

そこがコンフォートゾーンになってしまったことを、長いこと気づくことができなかったのです。

人は生来から我が強く、負けを認められない生き物です。

それが返って回復を遅らせてしまうことになります。

スキゾとパラノのせめぎあいの中で生きている

事実を捻じ曲げ、物事を自分の都合のいいように解釈し、正当化して、そこ(パラノイア世界)に固定点を持ちながら抗い続けようとします。

その栄光らしき時期は、とっくに過ぎ去ってしまったというのに・・・・

現実世界(スキゾ)と理想(パラノイア)が交差する、何が何だかわけの分からない。

そのような状態でもただ1つだけ明確に私が確信をもてたことがありました。

それは、、、

この4社のうち2つは3年以内に消えるということでした。

実際、そうなりました。

そのことが、ある傾向からはっきりと読み取れました。

失敗する傾向が明確に表れる時

何から読み取れるのかというと、経営のやり方とかそういう表面上のことではなく、もっと根本的なところです。

気質と言いましょうか、もっとソーシャルな部分です。

特徴としては、言葉の使い方にそれが明確に現れます。

もっと重要なのは、その言葉の暗示的な意味です。

つまり、その言葉が何を言ってないのか?

本人も意識できない暗示的な部分にその本質があるわけです。

訓練によってコノテーションを読み取れるようになる

これは訓練していくと、そういうことが読み取れるようになります。

ビジネスでも、これとまったく同じことが言えます。

コノテーション(暗示的意味)が読み取れないでデノテーション(明示的意味)ばかりが気になる人は、ビジネスでも上手く行かないです。

私の場合、能動的な訓練によってではなく、受動的な訓練によって強制的に身についたわけですが・・・・

世の中には、これを生まれつき持っている人もいます。

そういう人って尋常じゃなく仕事が出来たり、人気があったりします。

そして、一流と言われる人に多く存在しています。

実績のある創業者から学べ

その後、また転職して全国で430店舗展開している小売店に勤め始めました。

この創業者は業界でも超有名な人でした。

人を上手く働かせることで有名だったんです。

彼の名言に「修羅のごとく仕事する」というのがあったくらいですから。

それを社員にまで強要してたわけですからたまりません。

他には、、、

  • これでいいということはない
  • 問題は前に進んで解決しろ
  • 赤信号、早朝だから無視しても大丈夫
  • 一方通行、バックしてでも時間を短縮しろ
  • 本部はお店のためにある
  • 現場に赴いて、困っていることを解決してあげろ
  • 人財はデータによって見極めろ
  • 売れ筋探す前に死筋を撤去しろ
  • 入荷した日を現場で聞いてみろ
  • 社長のようにやってみろ

まだまだありますが、このくらいにして先に進みます。

同僚から学ぶ

この創業者にピッタリマークされ、店舗マネジメントを叩きこまれましが、それと同時に、この会社でとても重要なことを学びました。

それは、成功する人と失敗する人の思考の違いです。

なぜなら、この会社には元経営者が数名いたからです。

中には「えっ、この人が?」というような大物もいらっしゃいました。

(この会社の上司だった人と偶然再開し、2010年に輸出業を行うべく準備しておりましたが、翌年の原発事故の影響で頓挫し、また失敗経験が増加しました。それにもめげずメディカル・ツーリズムビジネスで切り返しを図りましたが、こちらも大赤字で2年で撤退しました。このように失敗経験を今でも順調に重ねております。)

業種や経営規模の違いは様々でしたが、原因は粗一緒でした。

数年前から経営に限界を感じてとっくの昔に情熱を失っていた。

それでここらが潮時かなと思ったというのが大まかな原因でした。

とにかく、「僕とまったく同じだ!」と思ったんです。

微妙なシグナルを見逃すな

この時、これまでの自分の愚かな考え方に嫌気が差し始めたんです。

それで、「ここにいたらいけない」そう思うようになりました。

この時、明らかにスイッチが切り替わった感覚がありました。

それで、その翌年独立し、毎日(360日)15時間以上働いて出店を重ね、3年間で9店舗のマネジメントを手がけました。

閾値を超えたゾーンを企画し、その企画によって自分の行動をコントロールする。

  • これでいいということはない
  • 問題は前に進んで解決しろ
  • 人財はデータによって見極めろ
  • 現場に赴いて、困っていることを解決してあげろ
  • 修羅のごとく仕事する
  • 社長のようにやってみろ
  • etc・・・

それは、カリスマ経営者から叩きこまれたことの実践でもありました。

そのカリスマが開店当初お祝いをもってお店にきてくれました。

「おめでとう」そう告げると、その場を直ぐに立ち去りましたが、私はその場に立っておられず、バックヤードに駆け込み号泣しました。

これまでの苦悩の日々を乗り越え、目標を達成した自分が本当に誇らしく思えた瞬間だったからです。

痛みや障害が力に変わる時が必ずやってくる

しかし、それから3年後、年商が3億を超えた頃、経営方針の相違から辞任退職に追い込まれ、それが原因で鬱状態に陥りました。

どうやら彼は、私を共同経営者だとは思ってなかったようです。

「休みも返上して働いたからここまでになったのに!」

「彼奴は、ほとんど何もしてない。怒鳴り散らしてだけだろ!」

「でもあんな卑劣な人間達から離れられてラッキーだったかもしれない」

「でも、どうしてまたこうなるんだ・・・」

怒りや虚しさ、そして開放感とが共存した妙な感覚でした。

精神的に相当ショックだったのでしょう。

全身の力が抜けたようになり、それ以降全く行動する気力がなくなりました。

医師を頼っていたら「うつ病」と診断されていたと思います。

当時は、そのような固定点(病名)があることすら知りませんでした。

これを不幸中の幸いというのでしょうか。・・・

もし、この瞬間に医師という名の固定点に依存していたとしたら、おそらく薬漬けにされ、再起業はなかった可能性が強いからです。

私は、この鬱陶しい状態をマインドフルネス・ストレス低減法やリアリティーセラピーという概念、そして哲学によって克服しました。

私はその道のプロではありませんが、私以外にもいくつかの改善事例があります。

もちろん、薬事法にはかからない方法によってです。

この時の経験が後にミッドライフ・クライシスを克服(ブレイクスルー)する概念へと繋がりました。

ではまた。

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小さな改善で大きな成果を!

将来が漠然としているからこそより大きな成長が期待できる。もしも、既に適切なプランがあるとしたら一気に飛躍できる。

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