メンターの教えとライフコーチング

ライフコーチングを指導していて感じたことを、メンターの言葉をお借りして想起してみたいと思います。

自分勝手に書きなぐったようなところも出てくると思いますが、そこは大人の対応ということでご容赦願います。

優劣が生み出すおぞましい末路

{私たちは自分の世界を安定させるために、相対するふたつの項目に「優劣」をつけたがります。}・・・

あらゆるシチュエーションにおいて、人は優劣をつけたがる。

その極端なものが善悪という二項対立だろう。

それは大方、相手が間違っていて自分が正しいという傲慢さから生み出される考え方だ。

それを「解釈の違いだね!」というおおらかな気持ちで受け入れられるだけの準備がないのだ。

ひいてはそれが尊い人命をいとも簡単に奪ってしまう行為、すなち戦争へと発展していく。

権力を振りかざし、恐怖と強迫と殺傷の世界へと多くの人を巻き込んでいく。

そのあとは知らん顔をして時の流れにその解決策を求める。

人は無用なルールや足かせを山程こしらえたが、なぜか戦争をしてはいけない!!というルールをつくらない。

戦争をしてはいけない、それは皆が承知しているはずだ。

しかし、戦争によって利益を得られる人たちが存在する限り、その傍若無人な行為が止むことはないだろう。

多くの尊い人命よりも、極一部の人たちの利益を優先する、私たちもまた、そうした悪を無理やり善に仕分けようとする世界の一部として存在している。

VSを脱構築する

{「A:B」という二項対立において、「A>B」という主張の中には「B>A」という主張が含まれている、という考え方。}・・・

あなたは犬派ですか、猫派ですか、巷ではこうしたどうでもいい質問をよく耳にする。

よく特集番組が決まれたりもするジャンルだ。

対立する存在としてよく犬猿の仲という言葉は用いられるが、犬猫の仲という比喩はされない。

そもそも犬と猫は対立する存在なのだろうか?

チャンクアップすれば、同じ哺乳類の動物であり、生息域も似通っている。

私たちはこうした、でっちあげられたVS世界に引きずり込まれ、どうでもいいことに時間もお金も浪費する傾向がある。

なぜなのだろうか?

要は争い事や競争することが好きな生き物なのである。

境界を作ることが大好きなのである。

野生の動物はその領分を守り、必要以上に摂取も搾取もしない。

だから、その容姿は均整がとれ、優雅でどこか美しくも有る。

人は余計に食して、自ら膨らましたその体型を、ダイエットとかいうことばに誘発され、そこに時間とお金を投じたりもする。

時間もお金も掛けて太らせたその体を、時間とお金を掛けて細らせようとするのだ。

ここにもまた、VS概念が働いている。

この場合は細い>太いという解釈をしているからそうなる。

でも体系的には細い<太いということになるだろう。

細身より、太っている人の方が好きという人もいる。

この場合太い>細いということになる。

「~よりも〇〇の方が好き」これもまた小さな二項対立だ。

どこまでいっても二項対立の枠から逃れない、その思考プロセスに支配され続けている。

ジャックデリダに言わせれば、太い>細い⇒太い<細い⇒太い=細いということになる。

VSを脱構築して、思考を修正し、時間とお金を浮かし、そして人生を大いに楽しもうではないか。

 

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