言葉によって違いが生じているだけ

メンターとライフコーチング-8-

私・自分・あなた・・言葉によって違いが生じているだけ。

あなたは間違った問いを真剣に受け止めて、当惑し、何か別な答えがあるかのように錯覚し、それを見い出せない自分自身を責めたりもする。「もしかしたら、私は本当に自分の望んでいることを知らないのかもしれない」と。間違った問いは、間違った答えを誘発し、事実と言葉の関係を汚して、人生に余計な問題を生じさせる。
「あなたが望んでいるものは、本当にこれだというのは確かか?」この問い自体が、間違っている。・・

Byウイトゲインシュタイン

自分についての「問い」をすべて捨て去るとどうなるだろうか?

今何を考え、感じ、今直面していることについて自分はどう解釈しているだろうか、

そうしたことすべてを捨て去ることが出来たら。。。

どれだけ自由になれることだろうか?

知った瞬間から、知らず知らずのうちに囚われ続けてきたその言葉、本当は私も自分もない。

「ある」のは、あの人ではないという認識だけではないだろうか?

それは、「そうではなくて、こうなんだ」と主張していることと同じことではないのか?

それぞれ外見は多少異なっていても、同じ位置に配置された臓器、目や鼻もあるべき場所に位置している。

「あなたが望んでいるものは、本当にこれだというのは確かか?」

あなた、自分、私・・そこにあるのは言葉の違いよって生じた隔たりに過ぎない。

だから、こう答えよう。

「私の望みもあなたと一緒だ」と。。。

アンチテーゼと慚愧

{そう、私はただ淡々と自分も含めた「構造」の本質を語っているだけです。あるいは、自己否定も含めた「構造」に対するアンチテーゼを語っているだけです。}・・・・

その世界の中(構造)に自分も含んだ上で淡々と語ることは、できそうでいて中々出来ないことだろう。

とかく人は自分以外と自分との違いを主張したがるものだからだ。

私はあの人とは違う。あんなことはしない。

しかし、よくよく己を観察してみるとわかることだが、似たようなことを考え、行っている。

自分をえこひいきする余り、そのような単純なこともわからなくなってしまうのだろう。

こうしたことが野生の感性も鈍らせ、暴飲暴食に走った挙げ句、ダイエットのために無駄なお金と労力を費やしたりするはめにもなる。

あぁどこまでいっても愚かな行為から逃れることはできない。

曇ったレンズで星を眺めているようなものだ。

曇ったレンズでも、その位置関係から名前は間違えはしないだろうが、薄ボケた不透明感な煩わしさは拭いきれない。

大昔に「人の振り見て我が振り直せ」という言葉が出来た。

そもそも人の振りを見ないと自分を顧みることができない。

慚愧!最近私は、そうした試みも疎かになっていないだろうか。

人の振り見て笑って楽しんで、自分の愚かさを忘れてはいまいか。

そのような状態では、構造を俯瞰して自分も含めたそれをアンチ・テーゼするなど底及ばないことだろう。

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