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パーソナルデザインと体質:自己管理を強要すると胃潰瘍は返って悪化する

パーソナルデザインと体質
パーソナルデザインと体質

パーソナルデザインと体質(1つが影響している) 心臓病やがん、脳疾患といった主要な病気の類は、1つんだけのドーシャのバランスの乱れによって起こるものではないということは優に想像できるだろう。 しかし、1つのドーシャのバランスが崩れたと時、それを放置しておくと、他のドーシャが引きずられて他のドーシャのバランスが崩れ始める。 例えば、風邪と喘息ではその病状の重さは異なるが、そのプロセスと症状は互いによく似ている。 最初にヴァータのバランスが乱れ、それにともなってカパが増悪するパターンが多い。 したがって、どのドーシャがどのドーシャを引っ張ってるのかが分かれば、簡単にバランスを回復することができるだろう。 私の場合、瞑想の中でその兆候を察知することが多いので、瞑想の中で完結させてしまうこともしばしばある。 NLPやマインドフルネスストレス低減法などの技術に長けた人の中にも、これに似たやり方で病気を克服してしいる人もいる。

求心的に取り込む活動と遠心的に拡散して環境世界の中にその意図を実現する活動

パーソナルデザイン
パーソナルデザイン

認知、パフォーマンスという言葉は極めて抽象的です。 この2つの言葉で、人間の活動の主なものを網羅しているといっても差し支えないでしょう。 ですから、その2つの関係も当然ながら、さまざまな側面を含んでいるといえるでしょう。 例えば、 意識と行動 注意と動作 知覚と運動 直感と行為 言葉は異なりますが、これらの問題は何度も取り上げられてきたテーマです。 このことは、どれも人間のもつ本質的な二面性。 つまり、心の内の私的な現象性(本能)と心の外側にあらわれる公的な行動性(論理構造)をなんとか関係付けようする昔からの努力、あるいは願望の現れだといえます。 このように二項対立しながら、かつ密接に結びついている認知とパフォーマンスを比較してみていくことにしましょう。

外的に現れた動きだけがパフォーマンスではない。

パーソナルデザイン
パフォーマンス

パフォーマンスとは何でしょうか? パフォーマンスという言葉はあらゆる分野で使われていて、その言葉が示す概念は実に曖昧です。 一般的には、動作に出して何かを表現するということになるでしょうか。 例えば、、、、 音楽であれば、演奏することがパフォーマンスに該当します。 それが、演劇であれば舞台の上で演じることでしょう。 また、パフォーマンスと言う言葉は、あらゆる分野でさまざまな「かたち」で使われています。 例えば、それが組織や産業に関連する心理学の中では、成績や業績のような意味で用いられています。 どちらかというと、人間の能力を機械的に表現した感じがします。 知能検査では、積木を組み上げていって模様をつくるような動作を意味します。 これが学力検査の場合だと体育や音楽の実技試験ということになるでしょう。 これが一般的な心理学ですと、すでに類似性のある行動、もしくは既に計画されている行動を実行に移して、表現することを意味し、これを遂行行動といいます。

並外れた知恵と理論を一気に所有できる方法を知っている人

キャリアデザイン
インテグラル

人知を越えた知恵と理論を所有すること・・・ 例えば、トランスパーソナルな世界観を論理的に提示できるようになれば、それは可能だろう。 東洋と西洋、具体と抽象、意識とスピリチャルな領域(偶然)などを網羅し、包括的にデザインすることは出来ないだろうか。・・・・ もちろん、彼の理論を否定しているわけでも、肯定しているわけでもない。 理論はすべて後付されたものであり、現実に目の前で起きていることが真であると考えている。 多くの人が信じて疑わない科学的な根拠も、反証可能性がなければ真に科学的とは言えない。 だから、理論に従って実践したとしても皆が同じような結果にはならないことを、多くの実践者が理解している。 しかし、それがインテグラル・デザイン研究の動機となり「総体的設計図最適化」(Integral Design Optimization)を試みる1つの切っ掛けとなったことは確かだ。 だが、いざ始めてみると、それが如何に無謀であるかを嫌というほど思い知らされた。

現在のポテンシャルを完全に活かしきれてない状態で、さらにポテンシャルを増やすのは自殺行為だ!

パーソナルデザイン
FP

仕事や人生でつまずいている人の状態を観察してみると、明確な共通点が浮かび上がってくる。 それは、現在のポテンシャルを活かしきれていないのに、さらに新たなポテンシャルをどんどん増やしてしまっている、というところだ。 お腹がいっぱいで消化しきれないでいるところに、さらにデザートを放り込もうとしている。 ある程度の過剰摂取であれば消化してくれるが、度が過ぎると肥満というカタチで外見に訴えてくる。 このように物理的に表れてくれるものであれば、発見しやすいから対処は容易だ。 しかし、これがマインドセット(思考)となると、ちょっとばかり厄介だ。 ということで、今回はマインドセットの改善を試みた時に、もっとも陥りやすい自己啓発の誤ったカタチを紹介しよう。

パーソナルデザイン研究、個性とデザインを上手にマッチングさせる方法

パーソナルデザイン
パーソナルデザイン

パーソナルデザインは生まれ持った体質とその後の経験によって蓄積された類似性からその人に似合うキャリアデザインやライフデザイン、キャッシュフローデザインを導き出す方法です。 髪型やファッションと同様に、あなたに似合うそれぞれのパーソナルデザインが存在します。 そして、そのパーソナルデザインは、あなたの体質と類似性により決定されています。 もしも、今の日常に何となくしっくりこない感じがあるとしたら、それはあなたの体質と類似性を無視した選択によって起こっていることかもしれません。 その場合、そのまま放置して先に進めば進むほど、その違和感がやがて大きな障害を生みだす原因にもなりかねません。

先見性のある人は薄っぺらな自己啓発ではなく、真の自己啓発を行っている。

パーソナルデザイン
自己啓発

自己啓発自体に緊急性はないので、何の支障もなく生活ができていて、仕事にも特に問題を感じていない人が自己啓発に目を向けることはまずないでしょう。 そういう人が、自己啓発を生活の一部に取り入れたとしたら、逆に脅威なわけです。 悩んでいる人よりも成果を出すことができるので、そういう人たちよりも更にパワーアップするからです。 障害を克服することから始めるのではなく、その先の良好な心理状態から始めることからできるからです。 想像してみてください。 気持ちが乗っている時と、塞いでいるときとでは、どちらがより物事を吸収できるでしょうか? 明らかに前者ですよね。 やらなくてもいい状況にもかかわらず、更に成長しようとすることを、ほとんどの人はやりません。

パーソナルデザインと体質:本質に苦しめられ、また本質から恩恵も受けている

パーソナルデザインと体質
パーソナルデザイン 体質

パーソナルデザインと体質:恩恵と乱れ ドーシャと同様、プラクリティ(本質)は、非常に役に立つが、その選択を誤れば大きな害を与える危険もある。 自分のプラクリティに絡め取られて苦しむこともあれば、そこから恩恵を得ることもできるのだ。 例えば、ピッタを過剰に燃え上がらせ、ヴァータを追い込んで消耗させたりして病気になることがあるが、それはプラクリティそのものに原因があるわけではない。 「自分のドーシャとともに生きることが、自分のプラクリティの範囲内で自由を見いだす最も良い方法だ」と彼らは言っている。 私たちは自分のプラクリティというものを持って生まれてきたのであり、一生それが変わることはないからだ。 したがって、自分のプラクリティがなんであろうと、3つのドーシャすべてに調和して生きていく必用がある。 健康であるためには、それぞれのドーシャから最善なものを得ていく必要がある。

外観は変わらないように観えても、内実はそれぞれの体質に基づき揺れ動いている

パーソナルデザインと体質
生命保険

パーソナルデザインと体質(内面と外面) 同じ1つの出来事に対して人々の態度はまちまちだ。 あるものは苛立ちうろうろと動き回る。 これはヴァータによる不安と短気を表している。 またあるものは、腹を立て、誰かを槍玉(やりだま)に挙げて非難する。 これは、ピッタによる怒りと批判を表している。 あるものは、じっと座ったまま動かない。 これは、カパによる忍耐と安定の傾向を表している。 これらは、単なる気分の問題ではなく、体質を基軸とした反応だ。 そして、どのタイプの人も自分の反応は自然だと思っている。

私たちの日常であきらかに機能している目には見えない作用

パーソナルデザインと体質
パーソナルデザイン

病気の根源を知るためには、3つのドーシャだけではなくそのサブドーシャまで診ていくことが大切であり、そのサブドーシャが15種類あることは前回の投稿で若干触れてきた。 今回は、ドーシャが私たちの生活の中で実際にどのように機能しているのかについて理解を深めていくことにしよう。 ドーシャと生活の関係性について理解をふかめることが、パーソナルデザインをより有益なものへと進化させてくれるからだ。 例えば、ヴァータは神経系に深く関係していて全身に行き渡っている。 そして、ヴァータのサブドーシャは、それぞれ独自の位置と作用を持っている。 彼らはこれを体の中の「風」と呼んでいる。 動きのあるところには必ず存在し、神経線維の中を伝わっていく活動電位のようなものだ。

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