
デザイン思考における「共感」「エンパシー」「コンパッション」の正しい関係
デザイン思考の核はユーザー理解ですが、しばしば共感(sympathy)とエンパシー(empathy)、そしてコンパッション(compassion)が混同されます。実務では、エンパシーは「相手の体験を自分の中に正確に写し取る認知・情動的プロセス」、コンパッションは「苦痛や不便に気づき、助けたいという動機と行動が伴う状態」と区別します。つまり、エンパシーが気づきを生み、コンパッションが行動へ踏み出させる——この二段構えがヒューマンセンタードな成果を生みます。
なぜ区別が重要か
- 要件の精度:エンパシーは文脈・感情の解像度を上げ、要件の誤読を防ぐ。
- 優先順位の妥当性:コンパッションは「どの痛みを先に救うか」という倫理的優先を与える。
- 継続性:共感だけでは疲弊(共感疲労)しがち。行動志向のコンパッションはチームの健全さを保つ。
プロセスでの使い分け:発見→統合→創出→検証
発見(リサーチ)段階:エンパシーの解像度を上げる
現場観察・面談・日誌法で「出来事→意味づけ→感情→行動」の因果を集める。
観察・面談のミニテンプレ(5問)
- 最後にそのタスクを行った「いつ・どこ・誰と」
- 期待していた結果と、実際に起きたこと
- その瞬間の気持ち(単語+強度1–10)
- 代替案や回避策は?(やらなかった理由も)
- 「もし◯◯だったらやる/やらない?」(反事実で確証バイアスを抑制)
統合(シンセシス)段階:感情データを意思決定に変える
本人語りを核に、感情シグナルを意思決定の軸へ翻訳します。
3つのアーティファクト
- エンパシーマップ:言っている/している/感じている/痛み・望み。
- 感情ジャーニー:タッチポイント×感情強度の折れ線で「底」を特定。
- 情緒KPI:例)安心度、努力感、信頼感(5〜7件法で時系列追跡)。
創出(アイデア→プロト)段階:コンパッションでふるいにかける
思いつきではなく「救うべき痛み」を基準化します。
慈悲フィルタ(採択基準)
- 尊厳:ユーザーの自律性・選択肢を削っていないか。
- 負荷:学習負荷/操作負荷/金銭負担を下げる設計になっているか。
- 透明性:判断の根拠やリスクをユーザーが理解できるか。
検証(テスト)段階:感情と行動の両輪で評価
「できる/できない」(行動指標)に加え、「どう感じたか」(情緒指標)を必ず同時測定します。
評価の指標例
- 行動:完了率、所要時間、誤操作、再訪率。
- 情緒:安心度↑、不安度↓、努力感↓、推奨意向(NPS)。
チームに根づかせる運用
1. セッション設計
- 毎スプリントに「ユーザー5名×30分」の最小実験を固定スロット化。
- 1変更1学習:同時に複数を変えない(因果を曖昧にしない)。
2. デブリーフ(振り返り)
- 事実(直引用/ログ)→解釈→示唆の順で記録し、混同しない。
- 「誰の痛みを、今、どれだけ和らげたか?」を定例のKPIレビューに組み込む。
3. 心理的安全性
- 失敗の共有を称賛対象にする(再現性のある学びは資産)。
- メンバーの共感疲労をケア:ローテーション、休息、ペア作業。
よくある誤作動と修正
「共感=同意」だと思い込む
修正:同意は不要。事実と感情を正確に写し取ることが目的。
感情は拾うが行動に落ちない
修正:慈悲フィルタ(尊厳/負荷/透明性)でアイデアをスクリーニング。
声の大きいペルソナに偏る
修正:セグメントごとに最小サンプルを保証し、重みづけを明示。
実務で使えるチェックリスト
発見フェーズ
- 本人の言葉の直引用は最低5つ確保したか。
- 感情強度(1–10)を各イベントに付与したか。
統合フェーズ
- 感情ジャーニーの「底」3箇所を特定したか。
- 情緒KPIを3指標に絞り、測定法を決めたか。
創出/検証フェーズ
- プロトは1仮説1変更か。
- 行動指標と情緒指標を同時取得しているか。
まとめ
エンパシーは「相手の世界を正しく感じ取る力」、コンパッションは「その痛みを和らげる行動の意思」。両者を意図的に使い分け、発見→統合→創出→検証の各段階に埋め込むことで、ヒューマンセンタードな成果が再現可能になります。実例ボックスのように、感情の洞察→倫理基準→行動指標+情緒指標の評価をひとつの線でつなぐと、チームは迷いなく前進できます。



