「ベンツ」が教えてくれる、言葉の二重構造
世界的にシェア率の高い外車といえば──多くの人の頭に最初に浮かぶのは「ベンツ」ではないでしょうか。
この「ベンツ」という言葉には、実は二つの意味が重なっています。
ひとつは、「ダイムラー社のブランド車」という事実としての意味。
これを、言語学ではデノテーション（明示的意味）と呼びます。
もうひとつは、「ベンツ」という言葉が、他の言葉やイメージとの関係性のなかで帯びている潜在的な意味です。
ステイタスシンボルとしての「高級感」「セレブ」「虚栄心」「お金持ち」といった、
その言葉の「裏側」にくっついているイメージのかたまり──これをコノテーション（含意・潜在的意味）と呼びます。
モノゴトの意味は、多かれ少なかれ、このデノテーションとコノテーションの二重構造で成り立っています。
「ベンツ」に限らず、私たちが日常で使っている多くの言葉も、同じような層構造を持っているのです。
あなたはどちらに、より強く影響されているか
では、あなたが「ベンツ」という言葉を聞いたとき、どちらの意味をより強く感じているでしょうか。
- 単に「ある自動車メーカーのブランドのひとつ」としての事実でしょうか。
- それとも、「成功者」「お金持ち」「特別な人」といったイメージでしょうか。
おそらく、多くの人は、デノテーションよりもコノテーションの方を先に、そして強く感じているはずです。
頭で「メーカー名」と理解していても、心のどこかでは「ちょっと特別な車」という感覚が動き出します。
なぜ、そんなことが起きるのでしょうか。
なぜ、私たちはここまで「コノテーション」に引きずられてしまうのでしょうか。
生まれたときから、物語の「中」にいる
私たちは、生まれ落ちた瞬間から、すでに何かしらの物語の中に組み込まれています。
家族、地域社会、テレビや雑誌、インターネット──それらを通じて、
- 「こういう車に乗る人は成功している」
- 「こういう持ち物は、こういう人が持つものだ」
- 「良い暮らしとは、こういう姿だ」
といったイメージが、繰り返し刷り込まれていきます。
「ベンツ」という言葉も、一台の乗り物としてではなく、
「高級車」「成功者の象徴」として語られる文脈の中で目にし、耳にしてきたはずです。
つまり、私たちは、
- 主体としての「私」が何かを選ぶ前に、
- すでに社会の側に用意されたルールやイメージ（構造）の中に置かれている
ということです。
そのルールに自覚のないまま慣らされてきたからこそ、コノテーションの影響から自由になることが難しくなります。
「かたち」の類似性に、知らないうちに絡め取られていく
コノテーションは、実体として目に見えるものではありません。
それだけに、私たちは「言葉が使われるかたち」の類似性に、知らず知らず絡め取られてしまいます。
たとえば、
- ドラマの中で、成功者の象徴として登場するベンツ
- ビジネス雑誌の特集ページに並ぶ「外車と高級マンション」の写真
- SNS上でシェアされる「豊かな暮らし」のイメージ
それらの中で、「ベンツ」はいつも、同じような位置づけで扱われます。
その「かたち」が何度も反復されることで、
ベンツ ＝ 高級／成功／特別な人
というコノテーションが、ごく自然なものとして私たちの感覚に定着していきます。
そして、その殻を破ることは、口で言うほど簡単ではありません。
「単なる一台の車」として見ることのほうが、むしろ難しくなっていきます。
学校教育や「常識」も、同じ構造でできている
ここまで見てきた構造は、「ベンツ」という一つの例に限ったものではありません。
実は、学校教育や、いわゆる「常識」と呼ばれるものも、同じような二重構造でできています。
たとえば、
- 「良い学校」
- 「安定した職業」
- 「普通の暮らし」
といった言葉にも、
- 表向きの説明としてのデノテーション（偏差値／企業規模／世帯年収など）
- そして、その背後で共有されているコノテーション（安心感／体裁／劣等感や優越感など）
が重なっています。
ただ、そのことを一度も疑わないまま生きていると、
「自分で考えて選んでいるつもりが、実はコノテーションに乗せられているだけ」
という状態に陥りがちです。
「ベンツ」を例にとって眺めてみることは、
自分がどんな言葉のコノテーションに影響されやすいのか、
そして、どこまでが自分の感性で、どこからが「お膳立てされた物語」なのかを見直すきっかけにもなります。
あなた自身の選択や評価が、どの程度「明示的な事実」に基づいていて、
どの程度「見えない含意」に引きずられているのか──。
そのことを少し意識にのぼらせてみるだけでも、
世界の見え方は、ほんの少し違ってくるかもしれません。
ではまた。
