
平均で安心しない──期待リターンは「境界線」を引くためにある
期待リターンという言葉は、どこかで「このくらい増えるはずだ」という期待にすり替わります。
けれど、期待リターンは未来の約束ではありません。むしろ、約束できない世界で、どこに前提を置くかを決めるためのものです。
そしてPFDの視点で言えば、期待リターンは「増やすための数字」というより、暮らしを崩さないための境界線を引く材料です。
期待値が役に立つのは、「当たる」からではなく「自分の前提が言える」から
投資は、何もしなくても情報が流れ込みます。誰かの確信、誰かの恐れ、誰かの成功談。
その渦の中で判断がブレるのは、知識不足よりも、自分の前提が言語化されていないことが原因になることが多い。
期待リターンを計算する作業は、未来を当てるためではなく、「私はこういう世界観で動いている」と自分に言える状態をつくるためにあります。
3つの経済シナリオ:未来を“ひとつ”にしない
未来を一つに固定しないために、ここでは3つのシナリオを置きます。
- 経済が上向く場合
- リターン:+10%
- 確率:30%
- 現状維持の場合
- リターン:+3%
- 確率:50%
- 悪化した場合
- リターン:-5%
- 確率:20%
期待リターン(期待値)は「中心点」を置く計算
E(r) = (0.10×0.30) + (0.03×0.50) + (-0.05×0.20)
- 0.10×0.30 = 0.030
- 0.03×0.50 = 0.015
- -0.05×0.20 = -0.010
E(r) = 0.035(3.5%)
この3.5%は、「こうなる」と言い切る数字ではありません。
上向き・現状維持・悪化が混ざった世界で、ひとまず置ける中心点です。
ここからが本題:中心点よりも先に決めるべきもの
期待値を置いた瞬間、多くの人はそこで話を終えたくなります。
しかし運用が崩れるのは、中心点ではありません。中心点から外れたときです。
1) 悪化シナリオ(-5%)が来たとき、何が起きるか
-5%という数字は小さく見えるかもしれません。
でも重要なのは、損益の大小ではなく、それがあなたの暮らしに侵入するかどうかです。
- その下落で、生活費の不安が立ち上がるか
- 近い将来の支出(住宅・教育など)に影響するか
- 不安を消すために売る、という行動が起きそうか
期待値の計算は、ここへ降りてきて初めて意味を持ちます。
2) 期限のあるお金を、平均の世界に置かない
シナリオ分析は“平均”の話です。
けれど、期限のある支出は平均を待ってくれません。
だからPFDでは、期待リターンの話をする前に、まずこう分けます。
- 揺らさない領域:生活の土台・期限が近い資金
- 育てる領域:時間を味方にする資金
- 試す領域:学びと検証のための小さな資金
“どれくらい増えるか”より、“どこを揺らしてよいか”。
この順番が崩れない限り、期待値はあなたを裏切りにくくなります。
3) 確率は当てられない。だから「更新できる」ことが大事になる
30%・50%・20%という確率は、正確さが価値なのではありません。
価値があるのは、自分の見立てが変わったときに更新できる形にしておくことです。
景気の肌感、金利、雇用、企業収益、地政学。
何かが変わったときに、確率を動かし、中心点(期待値)を更新する。
それは市場を当てる行為ではなく、自分の前提を放置しないという態度です。
記述統計と推測統計:平均の“取り違え”が判断を壊す
投資の世界で静かに危ないのは、平均の取り違えです。
記述統計:見えたもの(過去)の中心
過去のデータを集めて平均を出す。これは「観測できた範囲」の話です。
推測統計:見えないもの(未来)の中心を推定する
期待値は、見えない全体の中心を推定する考え方です。
ただし、ここには必ず誤差がある。
だから期待値は、“信仰”ではなく“仮置き”として扱う必要があります。
まとめ:期待リターンは「数字」ではなく「戻る場所」をつくる
- 期待リターンは未来の約束ではなく、前提の中心点
- 運用が壊れるのは平均ではなく、外れたとき
- 期限のある資金は、平均の世界に置かない
- 確率は当てられない。だから更新できる形にする
- 最後に必要なのは、揺れたときに設計へ戻る“帰還点”
期待値を計算することは、数字を得ることではありません。
むしろ、情報の渦の中で、判断が漂流しないための「戻る場所」をつくることです。
そこまで含めて初めて、期待リターンは暮らしの技術になります。



