
フローの圧を読む──「誰が買っているか」を推定する供給→保有→吸収の見取り図
理屈の整った分析が、急に効かなくなる瞬間があります。割高なのに下がらない。悪材料なのに崩れない。あるいは、そこまで悪くないのに落ち続ける。
このとき市場で起きているのは、しばしば「ファンダが間違っている」ではなく、フローが勝っているという現象です。
そしてフローを読むときの核心は、難しい指標の暗記ではありません。
フローを読むとは、「誰が買っているか」を推定すること。
ただし市場は透明ではありません。だから推定するしかない。推定には順番が必要です。その順番が、この記事のテーマである供給→保有→吸収です。
最初に置くフレーム:供給→保有→吸収
フローの見取り図は、たった3問に落ちます。
- 供給:何が、どれだけ市場に出ているか(国債、社債、株式の新規発行など)
- 保有:いま誰が持っていて、その“持ち方”は硬いか柔らかいか
- 吸収:新しい供給を、誰が吸い込めるか(余力があるか)
供給が増えても、吸収が同じだけ増えれば価格は崩れません。逆に供給が小さくても、吸収が止まれば崩れます。価格は「量」より「吸収能力」で決まります。
1. 供給:まず「出ている量」を疑う(足元の押し圧)
供給は、フローの第一原因です。ここでの誤りは「株は株だけで決まる」という思い込みです。実際は、株を動かす資金の多くが、国債や短期金利、資金市場の状態とつながっています。
供給で見るもの(最小セット)
- 国債のネット供給(発行−償還):市場に追加で出ている量
- 入札のテール(需給の弱さの痕跡):引受が苦しいときに出やすい
- 社債の発行環境(IG/HYの増減):リスク資産の供給圧の代理
- 株式供給の純量(増資・IPO−自社株買い):指数の“押し圧/持ち上げ圧”
供給が増えるとき、何が起こるか
国債供給が増えると、資金の吸収先が国債に寄ります。これは「株の魅力が落ちた」というより、単に資金の居場所が変わるという現象です。
ここで重要なのは金利の水準ではなく、供給の変化です。供給が増えた瞬間に、吸収の主体が“誰か”に回ります。
2. 保有:次に「誰が持っているか」を見て、“硬さ”を推定する
市場を動かすのは「買い手」だけではありません。保有者の“持ち方”が硬いか柔らかいかで、同じニュースでも価格の反応が変わります。
保有者を「硬い/柔らかい」で分ける
硬い保有(動きにくい)
- 年金・長期資金(負債が長い)
- 規制・制度で縛られる主体
- 戦略としての受動(リバランスはするが“売り逃げ”はしにくい)
柔らかい保有(動きやすい)
- ヘッジファンド、裁定、短期トレード
- レバレッジを使う主体(マージン要因)
- ファンド・フローに敏感な投機的ポジション
同じ「保有」でも、硬い保有が増えると下がりにくく、柔らかい保有が増えると動きが荒くなります。
“硬さ”はどこで滲むか
保有の硬さは、価格そのものより、下げ方に出ます。落ちてもすぐ戻る/下げが浅い/押し目が規則的に買われる。これは、理屈というより需給の癖です。
逆に、ふだん穏やかな資産が突然荒れるときは、柔らかい保有が増えているか、信用制約が入っている可能性が高い。
3. 吸収:最後に「誰に余力があるか」を推定する(ここが結論)
供給が増えたとき、保有者がどうであれ、価格を決めるのは吸収能力です。吸収能力とは「買いたい」ではなく「買える」です。
吸収能力の3本柱
- 現金の堆積:MMFなど、短期に置かれた現金が増えているか
- 信用の余裕:スプレッドが過熱していないか、資金市場に詰まりがないか
- ルール買いの存在:受動・自社株買い・リバランスなど機械買いがあるか
現金があっても、信用が詰まれば動けません。信用が余裕でも、現金がなければ吸収できません。3本柱が揃うと、割高でも崩れにくくなります。
吸収能力が落ちるときの典型
- 国債供給が増えるのに、自然買い手(長期資金)が増えない
- 信用が締まる(CP・レポの歪み、スプレッド拡大)
- レバレッジの巻き戻し(マージンが効いて売りが連鎖)
このとき、理論的な割安は“餌”になります。吸収能力が落ちた市場は、割安を「買い場」ではなく「落下の理由」にしてしまう。
“誰が買っているか”推定の結論:4つの買い手像
供給→保有→吸収を見たら、最後に「買い手像」を4つのどれかに寄せます。これで、行動が決まります。
- 長期吸収型:年金・長期資金が吸収している(下がりにくいが、上昇は鈍いことも)
- 現金再配分型:MMF等の現金がリスクへ戻っている(上がりやすいが、信用が鍵)
- 機械買い型:受動・自社株買いが支えている(割高でも延命するが、集中が進みやすい)
- 短期レバ型:短期・レバが押している(上がるが、崩れると速い)
この分類の価値は「当てる」ことではなく、崩れ方を想像できることです。崩れ方が想像できれば、サイズとルールが決まります。
4. 実務:見取り図を「判断の手すり」に変える
ここまでの話を、観察で終わらせないために、ルール化します。PFDの文脈では、分析は“見解”ではなく契約に落とすことで、初めて効き始めます。
月1点検(供給→保有→吸収)チェックリスト
【供給】国債ネット供給:増/横ばい/減 入札テール:強/中/弱 株式純供給:増/中/減
【保有】硬い保有:増/中/減 柔らかい保有:増/中/減(荒さの体感もメモ)
【吸収】現金堆積(MMF等):増/中/減 信用余裕(OAS/資金市場):余裕/中立/逼迫 機械買い:強/中/弱【買い手像】長期吸収/現金再配分/機械買い/短期レバ(1つだけ)
【結論】配分:触らない/小調整/段階的リスク減 追加:しない/分割で小/通常 ヘッジ:なし/軽/強
【禁止】一括変更/ニュース即応/根拠なき集中
週次メモ(5行で済ませる)
保有:硬い__/柔らかい__(値動きの荒さ:__)
吸収:MMF__/信用__/機械買い__
買い手像:__(4分類)
行動:__(配分・追加・ヘッジ。段階的)
5. ありがちな誤解:フローは「理由」ではなく「力」
フローを語ると、すぐに陰謀論や単純化に吸い込まれます。「あの主体が買っているから上がる」。しかし市場はそんなに単純ではない。
この記事で狙ったのは、“犯人探し”ではなく、力の見積もりです。
力が強いなら、理論は期限を失う。力が弱るなら、理論が戻る。だから私たちは、理論を捨てずに済む。
まとめ:供給→保有→吸収で「理論の効く範囲」を取り戻す
フローの圧が強い局面では、理論は無効ではありません。ただし、適用範囲が狭くなります。
供給で押し圧を測り、保有で硬さを推定し、吸収で余力を見積もる。
その上で「誰が買っているか」を4分類し、行動を契約に落とす。ここまでやって初めて、理論は“使える部分だけ”に戻ります。



