「老後はいくら必要か?」から「いくら創り出せるか」へ──リタイアメント・デザインという選択肢

老後はどの程度の暮らしを「デザイン」したいのか

今回は、老後のライフプランを「足りる・足りない」の計算だけで終わらせず、どんな暮らし方を選び取りたいのかという視点から、いくつかの事例を交えながら考えてみたいと思います。

私のところに老後の相談で来られる方の9割以上は、53歳以上の方です。しかも、相談者のほとんどがある程度ゆとりのある人たちです。
老後の生活が経済的に「なんとかなる」ことは、すでにほぼ確定している。だからこそ、その資産をどのように振り分け、どんな暮らしを描くかを相談しに来られます。

言いかえれば、「すでに歩んできた人生」と「固まりつつある価値観」を前提にした上で、老後の計画を練っていくということです。
年齢を重ねるほど柔軟性は下がる一方で、「年齢脳」の特性をうまく活用すれば、そのぶん経験値を強みに変えることもできます。
大切なのは、「若い頃と同じやり方」を続けるのではなく、年齢に合った学び方・働き方・暮らし方のデザインに切り替えていくことです。

なぜ老後の収支は、放っておくとマイナスになりやすいのか

一方で、30代・40代のうちから「老後」を具体的にイメージしている方は、まだ少数派かもしれません。
私自身が老後を真剣に考え始めたのは38歳のときでしたが、それは「考えざるを得ない」環境に追い込まれたからでした。

ライフプラン相談で老後の収支シミュレーションを行うと、収入と支出を今のまま据え置き、運用も行わない前提だと、ほとんどのケースがマイナス収支になります。

どこかでそれを薄々わかっているからこそ、
「怖くてシミュレーションしたくない」
という心理が働きます。

結果として、「年金制度には不安と不満がある。それでも、どこかで年金に依存するしかない」と、心の中で半ば諦めに似た前提が固まっていきます。

ここ数年、「人生100年」というキャッチフレーズが多用されるようになりました。
平均寿命の数字だけを切り取れば、確かに「長く生きる人」が増えているのは事実です。しかし、現実にはその手前で亡くなる方も大勢います。統計はあくまで「平均」であって、あなた自身の人生そのものではありません。

それでも、ひとつだけはっきりしていることがあります。
それは、「どのくらい生きるか」に関わらず、生きていくためには、何らかの経済的なバックボーンが必要だということです。

「いくら必要か」から「いくら創り出せるか」へ前提をずらす

ここで、老後の問いを少しだけ組み替えてみましょう。

多くの方は、
「老後はいくらあれば足りますか?」
という問いを立てます。

ライフコーチングでは、この問いを次のように言い換えます。

「老後、私はどのくらいの収入を、自分の意思で創り出していたいだろう?」

つまり、「いくら必要か」を計算するだけでなく、「いくら稼げる自分でいたいか」「どんなかたちで社会とつながりつづけたいか」というデザインの視点を加えるのです。

老後に収入を生み出す方法は、大きく分けて3つあります。

  • 再就職(雇われて働く)
  • 起業・副業(自分の看板で働く)
  • 資産運用(お金や資産に働いてもらう)

理想を言えば、この3つを「バランスを変えながら併走させる」ことです。
私自身も、現在はこの3つを組み合わせる形で老後設計をしています。

具体的には、たとえば次のようなイメージです。

  • 会社員として享受できる恩恵を活かす
  • 副業で、節税メリットや仕事の自由度を高める
  • そこで得た利益と、すでに保有している資産を合わせて運用する
  • 運用益を「再投資」と「浪費(趣味・旅行・贅沢など)」に意識的に振り分ける

ここで重要なのは、「老後だから守り一辺倒」という思い込みをいったん脇に置き、「何歳になってもお金を生み出せる自分でいる」という前提に切り替えることです。
もちろん、そのためには税制や運用の知識を学ぶ必要も出てきますが、それ自体が「老後の学び」として、脳と人生を活性化させてくれます。

Life Plan Pro PFD v2 で、意思決定に直結する試算を

数字の裏側(リスク・感度・逆算)まで1画面で可視化。
未来の選択を「意味」から設計します。

  • モンテカルロで枯渇確率と分位を把握
  • 目標からの逆算(必要積立・許容支出)
  • 自動所見で次の一手を提案

カギは意志ではなく「仕組み」と「環境」づくり

こうした行動を継続するうえで、ひとつ誤解されがちなポイントがあります。

それは、「自分の意志が弱いから行動できない」という自己評価です。

本来、人間の意志はそう強いものではありません。
だからこそ、ライフコーチングでは「意志を強くする」のではなく、「意志に頼らなくても自然と動ける環境づくり」を一緒に考えます。

たとえば、

  • 強制的に “学び続けざるを得ない” 状態をつくる(定期的な場に申し込む、仲間と学ぶ など)
  • 自動積立や自動振替など、仕組み化できる部分は全部仕組み化してしまう
  • 身近な人に「宣言」し、自分で自分にコミットメントを課す

といった工夫です。

また、ここで言う「資産」は、銀行口座の数字や不動産だけを指しません。

  • 情報・知識
  • 経験・失敗談
  • ノウハウ・スキル
  • 人脈・信頼関係
  • 特許・著作・コンテンツ
  • 独自の視点・USP(あなたならではの強み)

こういった無形資産もすべて、「老後の収入源」に変換しうる大事なリソースです。

そして、これらバラバラな資源を結びつけて動かすのが、「仕組みをつくるスキル」です。
ここにライフコーチングの役割があり、「あなたの資源をどんなシステムに組み直せば、老後も自然と収入や喜びが生まれ続けるか?」という問いを、一緒にデザインしていきます。

ケーススタディ:59歳・研究者の「老後プラン」が事業計画に変わった日

ここで、老後ライフプランの一例をご紹介します。

ご相談に来られたのは59歳の男性。
ある研究分野ではよく知られた方で、長年研究職一筋で歩んでこられた方でした。
驚くほどの大資産家ではないものの、株式と現金で約1億3,000万円の資産をお持ちでした。

それでも、ご本人は将来が不安だとおっしゃいます。
どんな状況にあっても、人はその人なりの不安を抱えるものです。
資産があればあったで、今度は相続や資産の行き先が気になって眠れない、という方も少なくありません。

当初のご相談内容は、とてもシンプルでした。

  • この1億3,000万円を老後にうまく生かし切れるプランを作ってほしい
  • 一人娘の将来も心配なので、ある程度の資産は残してあげたい

一般的には、「じゃあ◯歳までにいくら取り崩して、残りをどう運用して……」という話になります。

しかし、彼の「履歴書」や話しぶりをじっくり伺う中で、私は強くこう感じました。

「この人の本当の資産は、預金残高ではなく、この人自身の研究経験とスキルだ。」

そこで、プランニングの途中から、質問の角度を少し変えました。

  • その分野で、あなたほど経験がある人はどのくらいいますか?
  • 若い研究者や企業の担当者が、あなたの知恵を借りられたら、どんなことに困らなくなりそうですか?
  • もし、その経験やスキルを「サービス」として提供するとしたら、どんな形がしっくり来ますか?

つまり、「お金の運用」だけでなく、「経験とスキルを売る」という選択肢を提案したのです。

最初は半信半疑だった彼も、話を深めていくうちに表情が変わっていきました。
そして、その場で「マーケティングとセールスのコーチング」にテーマを切り替えることになりました。

結果として――
わずか2カ月後には、専門性を生かしたコンサルタントとして3件の契約を獲得し、約1,000万円近いフィー収入を得るまでになりました。

当然ながら、老後プランは一変しました。

  • 「資産をどう取り崩すか」という発想から
  • 「経験とスキルを軸にした事業をどう育てるか」という発想へ

老後プランでありながら、「事業計画書」に近いものへと変化したわけです。

決して特別な物語を強調したいわけではありません。
むしろ伝えたいのは、

自分の本当の強みは、自分自身では見えにくい

という、とてもシンプルな事実です。

本人からすれば、「いつも通りやってきただけ」の経験が、外から見ると驚くほど価値のある資産になっていることは、珍しくありません。
ライフコーチングの役割は、まさにその「見えない資産」を一緒に発掘し、老後の選択肢に組み込んでいくことだと感じています。

老後ライフプランは「終わりの設計」ではなく、「次のステージのシナリオ」

最後に、老後のプランを考えるときに、ぜひ覚えておいていただきたいことがあります。

老後のプランは、本来「終わりの準備」ではなく、
「次のステージをどう生きるか」というシナリオづくりです。

年金や退職金の金額を確かめることも大事ですが、それだけでは人生の輪郭は描けません。

  • どんなペースで、どんな仕事・活動を続けていたいか
  • 誰と、どんな関係性の中で時間を過ごしたいか
  • 自分の経験や知恵を、次の世代や誰かのためにどう活かしたいか
  • お金だけでなく、どんな「痕跡」をこの世界に残したいか

こうした問いに向き合うことが、老後のプランを「単なる計算」から「自分の物語の続き」に変えていきます。

ライフコーチングは、合気道に少し似ています。
相手をねじ伏せるためではなく、その人がもともと持っている力の向きを少し変え、飛躍の方向に活かしていく技術です。

老後だからこそできる働き方・学び方・楽しみ方は、必ずあります。
「老後はいくら必要か?」だけでなく、ぜひ

「老後の私は、どんな力を使って、どんな収入と役割を創り出していたいか?」

という問いを、自分自身に投げかけてみてください。
そこから、あなたのリタイアメント・デザインが始まります。

ではまた。

暮らしの輪郭を、内側から描きなおす

すぐに“答え”を出すより、まずは“問い”を整える。
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