
決断とは、計算ではなく「選択の物語」である
起業家であれ個人であれ、私たちは日々、何らかの意思決定を重ねています。それは事業の方針や投資判断といったビジネス上のものから、誰と時間を過ごすか、何に優先順位を置くかといった日常の小さな選択まで含みます。
現代の意思決定において、「合理性」と「効率性」は強力な正当化の道具となっています。しかしその一方で、「その判断が本当に自分の価値観に沿っていたのか」「なぜ、そう決めたのかが腑に落ちない」といった、感情の澱(おり)が後を引くことも少なくありません。
ここで提唱するのは、そうした「理屈では説明できない違和感」にこそ光を当てる、倫理と感情に根ざした意思決定の再設計です。
「損得」ではなく「意味」で選ぶ視点
意思決定の多くは、経済的合理性やリスク・リターンといった数値化可能な要素に基づいています。しかしそこに「倫理的妥当性」や「感情の整合性」が伴っていなければ、後々その選択に対して違和感や後悔を抱くことになりかねません。
たとえば、高収益の投資案件だが自分の美意識に反する業種だった、高待遇の提携先だが理念に共感できなかった──こうした事例は、倫理と感情の不一致による“内的ノイズ”の典型です。
「この選択は自分にとって“意味”があるか?」という視点を重ねることが、意思決定の質を高める鍵となります。
感情は意思決定の“敵”ではない
ビジネスにおいて「感情」は、ともすれば排除されがちです。しかし、実際の意思決定プロセスを深掘りすると、感情は“方向性”を示す羅針盤のような役割を果たしています。
不安や違和感は重要な前提が見落とされているサイン、ワクワク感は選択に「希望」を感じている証拠、嫌悪感は自分の価値観と乖離した選択である可能性の示唆です。こうした“身体感覚としての知性”に耳を澄ませることが、深い納得感のある選択へとつながります。
“正しさ”よりも“納得”を大切にする意思決定
合理的な「正しさ」は、他人にも説明しやすい分、社会的には選びやすいものです。しかし、本当に大切なのは、「その選択が自分にとって納得できるかどうか」。
後悔しない、選んだ自分を信じられる、失敗しても糧にできる──「納得」の感覚は、長期的な持続力と回復力(レジリエンス)を生み出します。
例:倫理と感情が対立した起業家の意思決定
ケース:A社代表・30代女性起業家
新規事業で大手と提携すれば短期的な売上は倍増が見込めたが、相手企業は環境・労働問題で過去に大きな炎上を起こしていた。
社内では「成長のために割り切るべき」との声も多かったが、代表は「自分たちがどんな価値観で事業を育てたいか」を再確認し、提携を見送る。
一時的な成長機会は失ったが、その後、自社の姿勢に共感した顧客・投資家との関係が強まり、より納得のいく成長軌道に乗った。
倫理と感情を結ぶ「内的整合性」のリテラシー
最終的に重要なのは、「感情に任せる」でも「倫理を盾にする」でもなく、自分の価値観・ビジョン・感性の“整合性”を問い直す力です。
この力は一朝一夕で育つものではありませんが、問いを持ち続ける習慣、対話を通じた思考の深耕、そしてライフプランにおける中長期的な自己省察によって鍛えられます。
ここでは、こうした非数値的な意思決定支援を、FPカウンセリングにおける中核として位置づけています。
あなたの意思決定を内側から見つめなおす3つの問い
以下の質問に、紙やノートで一度書き出してみてください。
- 直近の意思決定で「モヤモヤ」したものはありますか?
それは、何が引っかかっていたのでしょう? - その決断は「誰の基準」だったと思いますか?
自分以外の価値観が影響していたとすれば、それは誰のものでしたか? - 仮に“正解”がなかったとしたら──、あなたは何を基準に選びたいですか?
感情は、ときに論理よりも先に“真実”を知っています。
あえて立ち止まり、問い直すことが、納得できる意思決定につながります。
まとめ:迷いの中にこそ、“自分の声”がある
感情や倫理を重視した意思決定は、時に「非効率」に見えるかもしれません。しかし、そこには「本音」と「未来への直感」が詰まっています。
「どちらが得か」ではなく、「どちらの自分が好きか」──そんな問いの先にこそ、納得できる選択があるのです。迷いは、弱さではなく“可能性の余白”。その余白に耳を澄ませる力が、次のフェーズへの扉を開きます。