
中退共・特退共で整える「退職金」の設計──老後資金を“制度”として持つという意思決定
老後資金の話は、つい「いくら足りる/足りない」に寄ってしまいます。けれど実際には、お金の不足は“数字”というより、暮らしの輪郭が曖昧なまま時間だけが進むことで濃くなっていきます。
中小企業退職金共済(中退共)や特定退職金共済(特退共)は、その輪郭を「制度」として先に引いておく仕組みです。個人の努力だけに寄せず、会社と従業員の関係の中に「退職後の土台」を埋め込む。ここに、意思決定としての価値があります。
まず整理:中退共と特退共は、どこが違うのか
| 項目 | 中退共(中小企業退職金共済) | 特退共(特定退職金共済) |
|---|---|---|
| 運営 | 国の制度として、勤労者退職金共済機構が運営 | 市町村・商工会議所などの「特定退職金共済団体」が実施(税務署長の承認を受ける形) |
| 狙い | 中小企業が退職金制度を持ちやすくする(国の助成制度あり) | 地域・団体単位で、退職金制度を持ちにくい企業を支える(内容は団体ごとに差がある) |
| 注意点 | 「中小企業の範囲」など、加入要件の確認が必要 | 名称が似た制度(特定業種退職金共済など)と混同しやすい/団体ごとに規約が異なる |
どちらも、発想はシンプルです。社内に積み立てず、外部の制度に積み立てることで、退職金を“払える形”にしておく。その結果、退職の瞬間に会社の資金繰りだけで抱え込まない構造を作れます。
中小企業退職金共済(中退共)──「制度の標準化」で退職金を持つ
中退共の基本:何が“強い”のか
1)国の制度としての安定感
中退共は、国の制度として整備され、勤労者退職金共済機構が運営します。中小企業が退職金制度を持つための「標準の器」として設計されているため、仕組みが比較的わかりやすく、社内の属人的運用に依存しにくいのが特徴です。
2)掛金は「毎月の設計」になる
掛金は月額のコースで設定し、積み上げていきます。中退共は掛金月額が複数の選択肢として用意されており、会社の体力に合わせて設計しやすい仕組みです。
3)国の助成がある(条件付き)
中退共には、加入や増額に対する助成制度があります。たとえば新規加入時の助成や、掛金増額時の助成などが用意されています(適用条件・対象期間・上限などは制度改定があり得るため、最新要件は必ず確認してください)。
4)退職金は機構から直接支給される
退職のとき、退職金が「会社から」ではなく、制度側(機構)から直接支給される仕組みです。会社の資金繰りの波と退職金支払いを切り離す、という意味で重要です。
5)通算(ポータビリティ)の発想がある
転職や企業間移動が起きても、条件が合えば通算できる設計が用意されています。人生の途中で職場が変わることを前提に、「積み上げた時間」を断絶させにくいのが利点です(ただし、移換には相手先制度や手続き要件があります)。
中退共でよく起きる“判断のズレ”
ズレ1:制度に入れば「退職金設計が終わる」と思ってしまう
制度は器にすぎません。退職金が「いつ/誰に/どれくらい」必要なのかは、会社の人員構成と将来像で変わります。
- 定年の設計はどうするか
- 勤続の短い層が増える前提か(採用・離職の現実)
- 退職金を「生活の土台」にするのか、「功労の報い」にするのか
ここが曖昧だと、掛金水準が“なんとなく”になり、将来の不足や不公平感として表に出ます。
ズレ2:「中小企業の範囲」や対象者要件を見落とす
中退共には加入要件があります。業種・従業員数・資本金等の枠組みの中で、自社が対象に入るか、拡大した場合にどう扱うか、といった確認が欠かせません。
ズレ3:通算できる=自動的に引き継がれる、と思ってしまう
通算は“仕組みがある”というだけで、実務は手続きが必要です。転職先が同じ制度に加入しているか、移換のルールに合うかで扱いが変わります。退職が決まってから慌てるより、在職中に制度の扱いを言語化しておくほうが、暮らしの輪郭が崩れません。
中退共を選ぶときの問い(会社側/個人側)
会社側の問い
- 退職金を「人材の安心」にするのか、「評価の結果」にするのか?
- 5年後の人員構成を想像したとき、掛金水準は現実的か?
- 「増額」「過去勤務分」など、制度オプションを使う局面はどこか?
個人側の問い
- 自分の退職金は、老後のどの支出の輪郭を支える前提になっているか?
- 転職の可能性があるなら、通算の条件を理解しているか?
- 退職金を「生活費」に寄せるのか、「医療・介護のゆとり」に寄せるのか?
数字の裏側(リスク・感度・逆算)まで1画面で可視化。
未来の選択を「意味」から設計します。
- モンテカルロで枯渇確率と分位を把握
- 目標からの逆算(必要積立・許容支出)
- 自動所見で次の一手を提案
特定退職金共済(特退共)──「地域・団体の規約」で退職金を持つ
特退共の特徴:中退共に“似ているが同じではない”
特退共は、市町村や商工会議所などが「特定退職金共済団体」として実施する退職金共済です。税務署長の承認を受けて運営される枠組みで、退職金制度を持ちにくい企業の受け皿になります。
1)加入要件が“ゆるい”ように見えるが、規約が主役
中退共のような全国一律の標準というより、団体ごとの規約・掛金設計・給付設計が実務の中心になります。つまり、比較すべきは「制度名」ではなく「規約の中身」です。
2)中退共との重複加入が認められるケースがある
多くの特退共では、中退共との重複加入を認めています。一方で、他の特退共との重複加入は認めない、といった整理が一般的です(最終的には加入予定の団体の規約で確認します)。
3)包括加入(全従業員加入)を原則とする運用が多い
特退共は、加入するなら原則として全従業員を対象にする、という運用をとる団体が見られます。対象から外せる人の範囲(試用・短時間など)も団体規約に依存します。
特退共で大事な注意点
注意1:「特退共」という略称の混同
同じような略称で、特定退職金共済と特定業種退職金共済(建設業などの業種別共済)が混同されがちです。名前が似ているほど、意思決定は雑になります。加入の検討では、制度の正式名称と運営主体を最初に確定させてください。
注意2:比較軸は「掛金の安さ」ではなく「将来の輪郭」
掛金水準を下げれば、今は楽になります。でも、退職の瞬間に足りないものは、結局「お金」ではなく「時間をかけて作るはずだった余白」です。
- 退職金を、老後生活費のベースに置くのか
- 医療・介護のクッションに置くのか
- 配偶者・家族への引き継ぎをどう考えるのか
この輪郭が決まると、掛金は“支払い”ではなく“設計”になります。
注意3:団体ごとに手続き・締切・前納などが違う
特退共は、加入の効力発生日、掛金の納付方法(前納・口座振替日など)が団体ごとに異なります。制度の比較をするときは、給付だけでなく、運用実務まで確認しておくと後で崩れません。
まとめ:退職金制度は「お金」ではなく「時間の扱い方」を決める
中退共・特退共は、どちらも老後資金の不足を埋める手段であると同時に、退職という未来の出来事に、今の意思決定で手すりをつける制度です。
- 中退共は、全国標準の制度として設計しやすい
- 特退共は、地域・団体の規約を読み込むほど“自社に合う形”が見つかる
最後にひとつだけ。制度を選ぶ前に、問いを置いてみてください。
- 退職後の暮らしで、何を守りたいのか?
- その守りたいものに、退職金はどう関わるのか?
この問いが先に立つと、制度選びは「正解探し」ではなく、「自分の暮らしの輪郭を描く作業」に戻ってきます。



