医療・教育・心理・金融など、人を相手にする職業では、いま改めて「人を扱うとは何か」が問われています。
本章では、知識や資格を超えて、文脈に応じる知性・思いやりとしての知性・問い続ける姿勢を軸に、エビデンス偏重を超える“実践知”の意味を探ります。

はじめに:「人を扱う」とは、単に知識を使うことではない

医療、教育、福祉、心理、金融――人間を相手にする仕事に共通して求められるのは「人を扱う専門性」です。
ここでいう“扱う”とは、操作することではなく、関わり、理解し、共に変化していくことを意味します。

しかし近年、「エビデンスさえあれば誰でも対応できる」という風潮が広がり、専門性が形式だけのものになりつつあります。
それは、人間を「統計の中の点」に還元してしまう、危うい考え方なのです。

1. 「正しい答え」がある前提で動く人たち――AIとの境界線

エビデンスに頼りきる専門家の多くは、「正解が外にある」と信じています。ガイドラインや論文を機械的に適用し、そこに「自分の判断」を介在させません。
けれども、その姿勢はAIとどこが違うのでしょうか。

本当の専門性とは、個人の背景・感情・物語を読み取り、知識を文脈に応じて翻訳し直す力のことです。
それは「知っている人」ではなく、「感じ取り、考え抜く人」に宿る実践的知性。
そしてその知性は、人と向き合う“時間”と“経験”のなかでしか育まれません。

2. 「状況に応じる知性」と「思いやりとしての知性」

認知科学や教育心理学では、人間の知性を二つの側面から捉えます。
ひとつは「状況的知性(situated cognition)」――いま・ここ・この人という文脈を正確に読み取る力。
もうひとつは「感情的知性(emotional intelligence)」――他者の状態を感じ取り、関係を育てていく力です。

「人を扱う専門性」とは、この二つの知性の交点にあります。
つまり、知識を“当てはめる”のではなく、人との関係のなかで知識を再構成する柔軟さが、真の専門性なのです。

3. 「再現性」の幻想と、“一回性”の尊重

科学的知見は「再現性」を重視します。
けれども、人間を相手にする現場では、「まったく同じ状況」など一度として存在しません。
対話の間、沈黙、まなざしの揺らぎ――それらは再現不能でありながら、もっとも深い変化が起きる瞬間です。

ゆえに、専門性の核心とは「再現性のない出来事」にどう向き合うかという態度にあります。
数値で測れない瞬間にこそ、人と人の関係が立ち上がるのです。

4. 専門性とは「問い続けること」である

資格や知識は出発点にすぎません。成熟した専門家とは、
「自分の知識がどこまで通用するのか」「いま目の前の人にとって、それは本当に役立つのか」――そう問い続ける人のことです。

問い続けるとは、相手の中に「自分の知らない世界」があることを認めること。
つまり、“わからなさ”を前提に思考し続ける勇気です。
その謙虚さこそが、「人を扱う専門性」を支える最も人間的な知性なのです。

実践的まとめ:人を扱う専門家に求められる3つの姿勢

  1. 1. 文脈を聴く: データや理論の前に、相手の語る言葉・沈黙・感情を「聴く」姿勢を持つ。
  2. 2. 翻訳する: 知識を相手の世界観や状況に合わせて翻訳し、意味を共に再構築する。
  3. 3. 問いを残す: 「自分は本当に理解したのか?」という問いを持ち続ける。終わらせず、開き続ける。

よくある質問(FAQ)

Q. 「人を扱う専門性」とは、スキルのことですか?
A. スキルは一部にすぎません。重要なのは、スキルを「誰に・どのような文脈で」使うかを判断できる柔軟な知性です。
Q. 再現性がないと評価できないのでは?
A. 再現性を求めるのは科学的態度の一部ですが、人間関係の変化は一回性の中に現れるもの。評価よりも理解のプロセスを重視します。
Q. 専門家として「わからなさ」に耐えるには?
A. 完全な理解を求めず、問いを持ちながら関わり続ける姿勢を育てること。経験と対話が、その耐性を育みます。

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