
保険代理店研修生として再始動した私は、最初から順調だったわけではありません。
本研修に移ってから二百件ほど訪問しても、契約は取れませんでした。
それまでの私は、物販の現場で結果を出してきた自負がありました。商品を見て、売場をつくり、値付けし、人の流れを見ながら販売につなげる。そういう経験があったから、自分には営業力があると思っていたのだと思います。
けれど、保険は違いました。
そこにあるのは、手に取れる商品ではありません。
将来起こるかもしれない出来事に対する約束です。
見えない不安に対して、仕組みを説明し、納得してもらい、信頼してもらう仕事でした。
物販で培った自信は、一度そこで崩れました。
ただ、その後、介護保障や生存リスクを中心にした提案に向かうことで、流れは大きく変わっていきます。
義母の入院や介護に関わる経験がありました。
研修で見た、介護補償保険に人生をかけて取り組む代理店の方の姿にも強く心を動かされました。
保険は、人の不安につけ込んで売るものではない。
人が生きていく中で避けられない不安に、形を与える仕組みでもある。
そう感じるようになってから、私の提案の軸は変わっていきました。
死亡リスクだけではなく、生きているからこそ起きるリスクを見る。
病気、障害、介護、働けない期間、家族の生活の変化。
そうしたものを白紙に図として描きながら、相手の不安を見える形にしていく。
その方法が、私には合っていたのだと思います。
成果が出たときに覚えた、手応えと拍子抜け
成果が出始めたとき、私が一番強く覚えているのは、自分のやり方が通用したという手応えでした。
保険営業で一般的に語られるような、勢いや説得力だけで進めていたわけではありません。
むしろ、自分がしていたのは、相手の状況を聞き、その不安を紙の上に置き直し、必要な仕組みを一緒に見ていくことでした。
売るというより、相手の生活の中にある見えない条件を、言葉と図に置き換える。
その方法が結果につながったことは、私にとって大きな手応えでした。
やがて、全国でも常に上位に入り、毎月のように表彰されるようになりました。
それは生活を立て直すうえでも、非常に大きなことでした。
研修生制度は厳しく、売上と資格の両方を満たさなければ残れません。
毎月人が減っていく中で、結果を出し続けられたことは、生活上の安心だけでなく、自分の居場所を確保することでもありました。
ただ、後に全国規模でも大きな成果につながったと知らされたとき、私は少し不思議な感覚を覚えました。
もちろん、嬉しさがなかったわけではありません。
けれど、それ以上に、拍子抜けしたような思いがありました。
自分は、何か大きな順位や肩書きを目指して走っていたわけではありません。
ただ、目の前の人の不安を聞き、介護や生存リスクを中心に据え、必要な仕組みを説明していただけです。
その延長で、想定していたよりも大きな結果に届いてしまった。
そのとき、目標に到達したというより、何か支えにしていた緊張が急に消えたような感覚がありました。
それまで自分を前へ押し出していたものが、ふっと抜けたような感じです。
この感覚は、今でもよく覚えています。
危機感が消えると、支えていた緊張も消えていく
それまでの私は、危機感に支えられていました。
預金は減っていた。
家族に説明しなければならなかった。
両親に隠し続けることにも限界があった。
研修生制度の中では、売れなければ切られる。資格が取れなければ独立できない。
そうした緊張感の中で、私は走っていました。
ところが、成果が出ると状況は大きく変わります。
収入が安定し始めました。
生活は、以前よりかなり楽になりました。
長く引きずっていた残債も、ようやく整理できました。
少なくとも、目の前の生活不安からは少し距離を取れるようになりました。
これは、間違いなく救いでした。
借金や資金繰りに追われているとき、人は目の前の不安に支配されます。
生活の土台が揺らいでいると、考え方も狭くなります。
その不安が軽くなることは、家族にとっても自分にとっても大きな意味がありました。
けれど、危機感が消えると、それまで自分を支えていた緊張も消えていきます。
「何とかしなければならない」という切迫感が薄れる。
生活を守るために必死で走っていた状態から、少し余裕が出る。
その余裕は、本来なら良いものです。
ただ、人は余裕ができたときにこそ、自分の足元を見失うことがあります。
私も、そうだったのだと思います。
大きな成果を知らされた瞬間、何か目標のようなものが消え、少しやる気が萎えた感覚がありました。
生活は守られた。
借金も整理できた。
収入の不安も薄れた。
その安心が、私の中で別の緩みに変わっていったのだと思います。
生活が楽になったあと、私自身も変わっていった
成果が生活を救ったことは、間違いありません。
ただ、その一方で、私自身の状態も変わっていきました。
経済的な不安が大きく薄れると、人の振る舞いは変わります。
飲みに出る機会も増えました。
仕事での成果も出ている。
収入もある。
残債も整理できた。
そうなると、どこかで気が大きくなっていきます。
今思えば、少し調子に乗っていたのだと思います。
「喉元過ぎれば」という言葉があります。
あれほど苦しかった時期を過ぎると、人はその痛みを忘れてしまう。
完全に忘れるわけではありません。
けれど、危機感が薄れると、以前の自分がどれほど追い詰められていたかを、身体で思い出せなくなっていきます。
その頃、以前より高額な趣味の選択を、家族に十分相談しないまま進めていたこともありました。
もともと個人的なものを購入するとき、妻に細かく相談するタイプではありませんでした。
ですから、その出来事だけが何かの直接的な原因だったとは思いません。
それでも、そのような行動も含めて、私の心理状態が変わっていたことは確かです。
危機が去った。
成果が出た。
生活が楽になった。
そして、自分は大丈夫だと思い始めた。
その感覚が、少しずつ自分の振る舞いに出ていたのだと思います。
自分では気づいていなくても、家族には見えていたのでしょう。
「あなた変わっちゃったね」
ある日、妻がふと口にしました。
「あなた変わっちゃったね。前のあなたはどこへ行っちゃったの」
その言葉は、今でも私の中に残っています。
その場で私がどう反応したのか、はっきりとは覚えていません。
反発したのか、聞き流したのか、内心で少し刺さったのか。
おそらく、そのすべてが少しずつ混ざっていたのだと思います。
当時の私は、自分が変わったとは強く認識していなかったかもしれません。
むしろ、ようやく生活を立て直した。
ようやく借金を整理した。
ようやく家族を守れる状態に戻った。
そんな感覚の方が強かったでしょう。
けれど、妻から見れば違ったのだと思います。
不安の中でもがいていた頃の私。
何とか再起しようとしていた頃の私。
家族の生活を守るために必死だった頃の私。
その私と、成果が出て余裕を持ち始めた私との間に、何か違いが見えていたのでしょう。
この言葉は、単なる夫婦間の一言ではありませんでした。
私が自分自身の変化に気づくための、小さな警告だったのだと思います。
成果は、生活を救います。
けれど、成果が出たからといって、人として整うわけではありません。
むしろ、成果が出たことで見えなくなるものもあります。
不安が消えたあとに、自分がどのように振る舞うのか。
余裕が出たときに、何を大切にできているのか。
そこにこそ、その人の状態が表れるのかもしれません。
成果の先に、空白が生まれていた
大きな成果は、外から見ればわかりやすいものです。
収入も増え、残債も整理でき、生活も楽になった。
それは間違いなく、人生の危機を抜けるための大きな力になりました。
しかし、その先に、自分の中では別の空白が生まれていました。
何のために保険を売るのか。
どこまで営業成績を追うのか。
生活を守るために走ってきた先に、何を目指すのか。
そこが少し曖昧になっていたのだと思います。
最初は、生活を立て直す必要がありました。
借金を整理する必要がありました。
家族を守る必要がありました。
だから走れた。
けれど、その緊急性が薄れたとき、次の問いが出てきます。
では、自分はこの仕事で何をしたいのか。
保険をたくさん売ることが、自分の仕事の中心なのか。
それとも、もっと別の関わり方があるのか。
前の記事で書いたように、私は保険を売るというより、相手の不安を言葉と図に置き換えることに手応えを感じていました。
その人の生活を聞き、家族の状況を聞き、病気や介護や働けない時間の不安を整理する。
そして、必要な保障を見える形にしていく。
その行為には、保険販売を超えた何かがありました。
けれど、当時の自分はまだ、その何かをうまく言葉にできていませんでした。
成果は出ている。
生活も楽になっている。
しかし、自分が本当に求めている仕事の姿は、まだ輪郭がはっきりしていない。
そんな時期だったのだと思います。
FPという資格を知ったとき、「これかもしれない」と思った
その頃、先輩研修生からFPという資格があることを教えてもらいました。
ファイナンシャル・プランナー。
その内容を知ったとき、私は「ああ、これって自分が求めていたスタンスかもしれない」と思いました。
保険だけを見るのではない。
家計、資産、税金、不動産、相続、教育費、老後、保障。
そうしたものを、生活全体の中で見ていく。
これは、自分が白紙に図を描いてやっていたことに近い感覚でした。
保険商品を単体で売るのではなく、その人の生活の中で、どの不安をどのように整えるのかを見る。
保障だけではなく、収入、支出、家族構成、将来の選択肢、住まい、働き方まで含めて考える。
それは、私が保険営業の中で感じ始めていた違和感に、ひとつの方向を与えてくれるものでした。
保険営業で成果が出ていたからこそ、私はそのまま走り続けることもできたでしょう。
実際、そのまま保険だけを売り続ければ、収入面では安定したかもしれません。
けれど、私の中では、すでに別の問いが生まれていました。
保険を売るだけでよいのか。
生活全体を見ないまま、保障だけを語っていてよいのか。
お客様が本当に整理したいのは、商品選びだけではないのではないか。
FPという資格は、その問いに対する一つの入口でした。
これから自分が向かうべき仕事は、ここにあるのかもしれない。
そう思いました。
成功は、次の問いを消すのではなく、浮かび上がらせる
成果が出ると、人は安心します。
生活が立て直される。
借金が整理できる。
家族を守れる。
それは、とても大きなことです。
私にとって、保険営業での成果は、まさに生活を救うものでした。
けれど、成果はすべての問いを消してくれるわけではありません。
むしろ、危機が去ったあとに、別の問いが浮かび上がることがあります。
自分は何のためにこの仕事をするのか。
成果が出たあと、自分はどう変わったのか。
家族から見た自分は、どう映っているのか。
売ることと、支えることは同じなのか。
生活を守るとは、収入だけの問題なのか。
この頃の私は、その問いにまだうまく答えられていませんでした。
ただ、妻の「あなた変わっちゃったね」という言葉がありました。
大きな成果を告げられたときに、目標が消えたような感覚がありました。
そして、FPというスタンスに出会ったとき、「これかもしれない」と思った自分がいました。
それらは、すべてつながっていたのだと思います。
保険営業で成果を出したことは、間違いなく大きな転機でした。
けれど、それはゴールではありませんでした。
成果の先で、自分が何を見失い、何を求めているのかを問い直す入口でもありました。
このあと、家庭の中でも、私自身のあり方をさらに深く問い直さざるを得ない出来事が起きます。
その出来事については、慎重に言葉を選びながら、次の記事で触れていきたいと思います。
今振り返れば、保険営業での成功は、生活を救った一方で、私をもう一度立ち止まらせるための入口でもありました。
そこから私は、保険を売る人ではなく、生活全体を見つめる相談者へと、少しずつ向かい始めていくことになります。
正解を探す前に、判断の前提を整える。
成果が出ることは、大きな救いになります。
けれど、成果が出たあとにこそ、自分が何を見失っていないかを確認する必要があります。収入、安心、評価、家族との距離、仕事の意味。どれか一つだけを見ると、生活全体の輪郭が見えにくくなることがあります。
初回整理相談では、40分の対話を通じて、いま抱えている違和感や迷いを整理し、次に何を見ればよいのかを一緒に確認していきます。
家族・事業・住まい・お金が絡み合う判断について
事業、家族、資金繰り、住まい、お金が重なったとき、 判断は単純な損得だけでは整理しきれなくなることがあります。
いま似たような絡み合いを感じている場合は、 まず全体の見取り図をつくることから始められます。
