
売場が増えるほど、人を傷つける役割も背負っていった──二度目の独立でいちばん苦かった記憶
店舗が増えるということは、売場が増えるということです。
売場が増えれば、売上の可能性も広がります。商品を置く場所が増え、お客様と出会う機会も増えます。うまく回れば、会社には勢いが生まれます。
けれど、店舗が増えるということは、それだけではありません。
人が増えます。
採用が必要になります。
教育が必要になります。
配置が必要になります。
そして、うまくいかないときには、人に辞めてもらう判断も出てきます。
二度目の独立で、私にとって最も暗く、苦い記憶は、人事に関わることでした。
仕入れは大変でも、面白さがありました。
売場づくりも、ディスプレイも、店舗巡回も、身体はきつくても、自分の感覚に合っている仕事でした。
しかし、人を採用し、人を配置し、そして人に辞めてもらうことを伝える仕事は、まったく別の重さを持っていました。
商品は失敗しても、返品や値下げで処理できることがあります。
けれど、人は商品ではありません。
その人には生活があり、事情があり、期待があり、働く場所にかけている思いがあります。
それを、会社の都合や店舗の事情で動かさなければならない。
この役割は、私の中に深く残っています。
採用する自分と、辞めてもらうことを伝える自分
店舗が増えるたびに、私は面接をしていました。
どのような人なのか。
売場に合いそうか。
勤務条件は合うか。
接客に向いているか。
未経験でも、動き方を覚えていけそうか。
そうしたことを見ながら、採用を判断していきました。
もちろん、すべてを私一人で決めていたわけではありません。
けれど、現場で面接し、採用判断にかなり関わっていたのは私でした。
一方で、辞めてもらう判断については、別の構造がありました。
「辞めさせろ」という最終的な指示は、元専務から来ることが多かったのです。
そして、その通知を現場で伝えるのは、私でした。
ここに、私にとっての苦さがありました。
自分が面接した人です。
自分が採用に関わった人です。
この人なら、店に入ってもらえるかもしれない。そう思って迎えた人です。
その人に対して、今度は自分の口で、辞めてもらうことを伝えなければならない。
これは、単なる業務ではありませんでした。
自分の判断と、上からの指示と、現場の事情と、その人の生活が、ひとつの場面に重なってしまうのです。
そして、その重なりを最終的に言葉にするのが私でした。
実行役になるということは、売場を動かすことだけではありません。
誰かが決めた苦い判断を、自分の口で伝えることでもありました。
売上不振が、すぐ人の問題にされていく
店舗が増えるにつれて、人の入れ替えも増えていきました。
売上が悪い。
動きが悪い。
接客が悪い。
雰囲気が合わない。
そうした理由で、人の問題にされることが多くなっていきます。
もちろん、実際に配置が合っていない人もいました。
接客に向かない人もいたでしょう。
動きが鈍く、店の空気を止めてしまう人もいたかもしれません。
ただ、私から見ると、教育や配置で改善できたのではないかと思う人もいました。
別の店舗なら合ったかもしれない。
もう少し時間をかければ育ったかもしれない。
接客ではなく、商品整理や裏方に近い役割なら力を出せたかもしれない。
そう感じることもありました。
一方で、配置換えに応じられない人もいました。
店舗数が増え、出店準備が重なり、商品管理や仕入れ、在庫調整も増えていく中で、多くの人を丁寧に教育する時間も、余裕もありませんでした。
ここには、私自身の力不足もあったと思います。
もっと時間があれば。
もっと仕組みがあれば。
もっと人を育てる余裕があれば。
そう思うことはあります。
けれど、それを差し引いても、人の入れ替えはあまりにも頻繁でした。
店舗が増えるたびに、人を入れ、人を替え、人を外すことが当たり前のようになっていく。
その空気に、私は強い抵抗を感じていました。
人は、売場に置く部品ではありません。
けれど、忙しさと数字と出店の圧力の中では、人が「人員」として扱われやすくなります。
そのことが、私には苦しかったのだと思います。
外から見た評価が、現場に入り込んでくる
人の評価には、もう一つ難しい面がありました。
店舗の外側から、人の動きが見られていることがあったのです。
元専務の家族側から、店舗スタッフの様子について話が入ってくることがありました。
「あの人は動きが悪い」
「お客様が来ているのに接客していない」
「雰囲気が合わないのではないか」
そうした見方です。
もちろん、外から見たからこそ気づくこともあります。
身内だからこそ遠慮なく言えることもあるでしょう。
ただ、現場には現場の考え方があります。
特に初期の店舗では、未経験のスタッフに無理な接客をさせない方針を取っていました。
慣れていない人が気を張って声をかけると、かえってお客様が逃げてしまうことがあります。
だから、売場を歩く。
商品を触る。
ディスプレイを整える。
店内に自然な動きをつくる。
その動きの中で、お客様が近づきやすい空気をつくる。
そういう方法を取っていました。
しかし、外から見ると、それは「接客していない」ように見えることがあります。
ここにも、現場の方針と外部からの見え方のずれがありました。
そして、そのずれが人の評価につながっていくと、現場は不安定になります。
スタッフは、人の気配を感じます。
見られている。
後から何かを言われている。
自分の動きが、どこかで評価されている。
そういう空気は、言葉にしなくても伝わります。
人は、想像以上に敏感です。
その空気の中で働くことは、スタッフにとっても負担だったはずです。
そして、その負担を調整する役割も、また私のところに来ていました。
売れない商品の後始末も、私の仕事だった
苦い仕事は、人事だけではありませんでした。
商品が売れれば、仕入れは楽しい仕事です。
売場に並べた商品が動き、追加発注をかけ、店内の空気が変わっていく。
そこには手応えがあります。
けれど、売れない商品が出ると、その後始末が必要になります。
売れ残りそうな在庫。
通常仕入れの商品。
タイミングが遅れると、仕入れ先も引き取ってくれません。
だから、早めに判断しなければならない。
返品できるか。
値引きできるか。
支払い条件を調整できるか。
締め日をどう使うか。
こうした交渉も、私が担っていました。
締め日調整は、支払い調整の一種です。
全仕入れ先に伝えるには、数日かかることもありました。
一つひとつの取引先に連絡し、事情を説明し、条件を調整する。
返品交渉は、ほぼ毎週のようにありました。
これも本当に苦痛でした。
なぜなら、相手の感情がダイレクトに伝わってくるからです。
仕入れ先からすれば、返品や条件変更を求められることは、決して気持ちのよい話ではありません。
売る側にも事情があります。
こちらの都合だけで、簡単に受け入れられるものではありません。
それでも、会社を回すためには、必ずのんでもらわなければならない場面がある。
その交渉をするのは、非常に苦しいことでした。
申し訳なさがある。
相手の不快感もわかる。
けれど、こちらにも引けない事情がある。
その中で、どうにか話を通さなければならない。
売れる商品を仕入れる実行役と、売れない商品の後始末をする実行役。
その両方が、私の役割になっていました。
北の遠方店舗での、忘れられない記憶
中でも、今でも思い出すと胸が重くなる出来事があります。
北の遠方店舗でのことです。
その店舗では、若いスタッフを採用しました。
遠方の店舗で、若い人が応募してくれたことは、素直に嬉しいことでした。
新しい場所に店を出す。
そこに地域の若い人が加わってくれる。
それは、売場がその土地に根を下ろしていくための大事な始まりでもあります。
ところが、オープン前に、そのうちの一人に出産を控える事情があることがわかりました。
私は、その報告を受けて、会社として何かお祝いができないかと考えました。
新しい命を迎えることです。
本来であれば、おめでとうと伝えたい。
会社からも、何か祝意を示せないか。
そう思いました。
しかし、元専務に報告すると、返ってきた判断は違いました。
辞めてもらうように、というものでした。
理由は、あとで大変になるから。
その言葉を聞いたとき、私は非常につらくなりました。
会社の事情、店舗運営の事情、人員配置の現実。
それらがまったくわからなかったわけではありません。
遠方店舗で、限られた人員で、これから店を立ち上げなければならない。
現場の戦力をどう確保するかという問題もありました。
ただ、それでも、目の前にいるのは一人の人間です。
生活があり、不安があり、これから迎える大きな出来事がある。
その人に、自分が何を伝えなければならないのか。
その重さが、今でも残っています。
「おめでとう」と「辞めてください」を同時に伝える
私は、会社からお祝い金は出してもらいました。
それだけは、どうにかしました。
また、個人的にもベビー用品を買いました。
おめでとうという気持ちは、本当にありました。
けれど同時に、私はその人に退職を伝えなければなりませんでした。
お祝いを渡し、祝福の言葉を伝えながら、辞めてもらうことも伝える。
この矛盾は、今でも私の脳裏に影を落とすことがあります。
その人は、べそをかきながら言いました。
「なんでですか」
その言葉を、私は忘れることができません。
当然です。
なぜなのか。
どうしてなのか。
おめでとうと言われながら、なぜ辞めなければならないのか。
受け取る側からすれば、理解しきれないものだったはずです。
私は、その場で自分も辞めようと思いました。
会社からのお祝いと、個人的に用意したものを手渡しながら、同時に退職を伝える。
こんなことを自分はしているのか。
そう思いました。
その店舗に滞在できる日数は限られていました。
遠方ですから、長くいられるわけではありません。
だから、伝えるタイミングも限られていました。
逃げることはできません。
誰かが代わってくれるわけでもありません。
自分が採用に関わり、自分が話をし、自分が伝える。
その人とは、短い時間ながら、地元の居酒屋に連れて行ってもらった記憶もあります。
北の町らしい、どこか映画の一場面のような店でした。
おいしいものを食べ、お酒を飲み、その土地の空気に触れた。
その記憶があるから、余計につらかったのだと思います。
ただの従業員ではありません。
その土地で出会い、その土地の店を一緒につくろうとしていた人でした。
だからこそ、「おめでとう」と「辞めてください」を同時に伝えなければならなかったことは、今でも苦い記憶として残っています。
人を雇うことは、人の生活に触れることだった
この出来事を、誰か一人を責めるために書きたいわけではありません。
会社には会社の事情があります。
店舗運営には、人員配置の現実があります。
当時の私に見えていなかったこともあります。
教育しきれなかったこと、配置を工夫しきれなかったこと、早めに仕組みにできなかったこと。
そこには、私自身の限界もありました。
ただ、それでも思うのです。
人を雇うということは、人の生活に触れることです。
その人の時間を預かる。
収入の一部を預かる。
働く場所への期待を預かる。
場合によっては、その人の人生の一時期に、会社が深く入り込むことになります。
だからこそ、人を「人員」としてだけ扱ってはいけない。
もちろん、会社を運営する以上、人員配置という言葉を使わざるを得ない場面はあります。
誰をどの店に置くか。
何人必要か。
どの時間帯に誰が入るか。
それを考えなければ、店は回りません。
けれど、その言葉の奥には、必ず人の生活があります。
そこを見失うと、人の扱いは粗くなります。
そして、その粗さの痛みは、最終的に誰かが現場で引き受けることになります。
私にとって、それが最も苦い役割でした。
会社を回すために、自分がやるしかなかった
商品の失敗より、人を傷つける方が苦しかった。
返品交渉より、退職を伝える言葉の方が深く残っています。
人を「人員」として扱う空気にも、抵抗がありました。
けれど、それでも会社を回すためには、自分がやるしかありませんでした。
この矛盾が、私を消耗させていきました。
嫌ならやらなければいい。
外から見れば、そう言えるかもしれません。
しかし、現場の中にいると、そう単純ではありません。
店があります。
スタッフがいます。
仕入れ先があります。
支払いがあります。
お客様が来ます。
今日も店を開けなければならない。
明日も商品を入れなければならない。
誰かが問題を処理しなければならない。
そして、その「誰か」が、いつも自分になっていく。
実行役とは、そういうものでもありました。
前に進める力がある。
問題を処理できる。
人と話せる。
仕入れ先と交渉できる。
現場で伝えることができる。
その力があるから、役割が集まってきます。
しかし、その役割の中には、人を傷つける言葉を伝える仕事も含まれていました。
これが、私にとって二度目の独立で最も暗い記憶です。
成果の裏側には、苦い言葉を伝えた人がいる
事業の話では、売上や店舗数が目立ちます。
何店舗まで増えたのか。
どれだけ売れたのか。
どれだけ粗利が取れたのか。
そうした数字は、外からも見えやすいものです。
けれど、その裏側には、数字にならない仕事があります。
採用の判断。
退職の通知。
売れない商品の返品交渉。
取引先への支払い調整。
締め日を使った仕入れの調整。
スタッフの不満を受け止めること。
上からの厳しい判断を、現場に伝えること。
そうした仕事は、華やかではありません。
けれど、それをしなければ組織は回りません。
私が二度目の独立で引き受けていたのは、売場をつくることだけではありませんでした。
売場が増えたことで発生する、苦い処理も引き受けていたのです。
時間が経てば、すべてが美しい思い出になるわけではありません。
むしろ、時間が経ってもなお、苦いまま残る記憶があります。
ただ、その記憶を外に出し、言葉にして眺め直すことで、少しだけ見えてくるものがあります。
自分は何を背負っていたのか。
どの役割を引き受けすぎていたのか。
何を断れず、何を自分の口で伝えなければならなかったのか。
その確認は、過去を責めるためではありません。
同じ構造を、別の場面で繰り返さないためです。
売場が増えるほど、次の苦さが始まっていった
店舗が増えると、売上の可能性も広がります。
けれど同時に、人の問題、商品の問題、資金の問題、管理の問題も増えていきます。
一号店、二号店が売れていた頃には、仕事の面白さがまだ強くありました。
仕入れも、売場づくりも、商品を見ることも、現場を回すことも面白かった。
しかし、店舗数が増えるにつれて、面白さだけでは支えきれないものが増えていきました。
人を雇う。
人が辞める。
人に辞めてもらう。
売れない商品を処理する。
資金繰りのために交渉する。
そうした仕事が、少しずつ重なっていきます。
そして、やがて別の問題も前に出てきます。
最初に置いたはずの条件が崩れていくこと。
親族を入れないという約束が、少しずつ守られなくなること。
店舗の数が増え、会議や人間関係の負荷がさらに重くなっていくこと。
人事の苦さは、その後に続くさらに大きな崩れの前触れでもありました。
売場は増えました。
けれど、売場が増えるほど、私が背負うものも増えていきました。
そしてその中で、私は少しずつ、この場所には長くいられないと感じ始めていくことになります。
正解を探す前に、判断の前提を整える。
役割が増えていくとき、そこには成果だけではなく、誰かが引き受けている苦い処理があります。
人を動かすこと、厳しい判断を伝えること、関係先に頭を下げること。その重さを見ないまま進むと、知らないうちに自分の内側に疲れや違和感が積み重なっていくことがあります。
初回整理相談では、40分の対話を通じて、いま抱えている違和感や迷いを整理し、次に何を見ればよいのかを一緒に確認していきます。
家族・事業・住まい・お金が絡み合う判断について
事業、家族、資金繰り、住まい、お金が重なったとき、 判断は単純な損得だけでは整理しきれなくなることがあります。
いま似たような絡み合いを感じている場合は、 まず全体の見取り図をつくることから始められます。

