売場は、スピードと見立てで動いていた──仕入れと商品を見る力が支えた店舗運営

売場は、スピードと見立てで動いていた──仕入れと商品を見る力が支えた店舗運営

一号店と二号店が動き始めてから、売場は止まりませんでした。

商品が売れる。追加が必要になる。仕入れに行く。戻ってきた商品を仕分けし、値付けし、できるだけ早く店頭へ出す。売れているものはさらに追加し、動きが鈍いものは見せ方や位置を変える。

その繰り返しでした。

前回の記事でも触れたように、この時期の仕事はかなりハードでした。休みはほとんどなく、朝早くから夜遅くまで動いていた。家族との時間も十分には取れませんでした。

けれど、仕事そのものは嫌いではありませんでした。

むしろ、面白かったのです。

仕入れも、売場に立つことも、店舗を巡回することも、ディスプレイを変えることも、売れている商品を見つけて追加をかけることも、自分の感覚には合っていました。

だからこそ、止まりにくかったのだと思います。

仕事が嫌いなら、もっと早く限界に気づけたのかもしれません。けれど、売場が動き、商品が売れ、自分が手を入れたことが数字にも反映される。その手応えがあると、人はさらに動いてしまいます。

この時期の私は、売場の動きに引っ張られながら、仕入れのスピードと商品を見る力で店舗を回していました。

それは確かに成果を生みました。

同時に、実行役としての自分を、さらに深くその場に固定していくことにもなっていきました。


朝仕入れて、その日のうちに店頭へ出す

初期の店舗運営で大切にしていたのは、商品の回転でした。

朝早くに動き、都内の問屋街へ向かいます。馬喰町や横山町のような問屋街を回り、売場に使えそうな商品を見て、仕入れる。

そして、戻ってきたその足で商品を仕分けし、値付けし、店頭へ並べる。

このスピードが、売場を動かしていました。

売場は、生き物のようなところがあります。

昨日まで動いていた商品が、今日は止まることがあります。逆に、少し見せ方を変えただけで、急に売れ始める商品もあります。

だから、仕入れた商品を寝かせておくのではなく、できるだけ早く売場に出す。

お客様の反応を見る。

売れれば追加する。

動かなければ位置を変える。組み合わせを変える。必要なら値段も見直す。

この回転の速さが、最初の店舗を支えていたのだと思います。

このやり方は、前職の創業社長から学んだものでもありました。

社長は、売場の動きを非常に重視する人でした。商品がどこに置かれているか。お客様がどこを通るか。どの商品が流れをつくるか。そうしたことを見ながら、売場を変えていく。

私も、その感覚を身体で覚えていました。

売場が止まって見えると、お客様も止まります。

逆に、売場に人の動きがあり、商品が入れ替わり、空気が少しずつ変わっていくと、店は生きているように見えます。

この時期の店舗運営は、まさにその連続でした。

仕入れは、単に商品を買うことではありません。

売場に、次の動きを入れることでした。


売場の空気は、商品だけで決まらない

商品があれば売れる、というわけではありません。

どこに置くか。

何と組み合わせるか。

どの高さで見せるか。

どの色を隣に置くか。

入口から入ってきたお客様の目に、最初に何が入るか。

こうした条件によって、同じ商品でも見え方は変わります。

私は、売場のムードをつくることも好きでした。

バックミュージックを選び、その音を聴きながらディスプレイを変えていく。商品を組み合わせ、色を並べ替え、店内の空気を少しずつ整えていく。

それは、単なる作業ではありませんでした。

どの音がこの売場に合うのか。

どの服を前に出すと、お客様の目が止まるのか。

どの色を隣に置くと、商品が立ち上がって見えるのか。

どの位置に人の動きがあれば、店内が止まって見えないのか。

そうしたことを考えながら売場を触るのは、私にとってかなり面白い仕事でした。

売れている商品を見つけると、すぐに追加発注をかけました。

これはいける。

これは動いている。

これは今、店に必要だ。

そう感じると、迷わず次の手を打つ。

売場で起きていることと、次に動かすべきことがつながっている感覚がありました。

数字は、あとから出てきます。

その前に、売場の空気があります。

人の流れがあります。

商品が持っている力があります。

その力を、どこに置き、どう見せ、どのタイミングで追加するか。

そこを見ること自体は、嫌いではありませんでした。

むしろ、自分の中では自然にできることだったのだと思います。


大阪仕入れで感じた、実行役の負荷

大阪へ仕入れに行くこともありました。

そのときの記憶は、今でもかなり強く残っています。

夜に出発し、私が大阪まで運転する。朝方に着き、少しだけ仮眠を取って、そのまま仕入れに向かう。

仕入れが終われば、現地でもまた移動があります。

眠気を抱えながら運転し、商品を見て、買い付けをし、また動く。

数日間、大阪で仕入れをして、終わればまた車で戻ってくる。

正直に言えば、かなり負荷の大きい動き方でした。

事故を起こさないかという不安もありました。

それでも、仕入れそのものは嫌いではありませんでした。

大阪の問屋や売場を見て、東京とは違う商品を探す。何が使えるか。どれが自分たちの売場に合うか。どの価格ならお客様が価値を感じるか。

その作業自体には、面白さがありました。

ここにも、二重の感覚がありました。

仕事は面白い。

けれど、負荷は大きい。

成果は出る。

けれど、その成果のために、誰がどこまで無理をしているのかは見えにくい。

この構造は、二度目の独立の中で何度も繰り返されていきます。

得意なこと、面白いこと、成果が出ることほど、人は深く入り込んでしまう。

そして、気づかないうちに、自分がその場を支える前提になっていきます。


韓国は、単なる仕入れ先ではなかった

韓国での仕入れも、重要な役割を持っていました。

私にとって、韓国はまったく知らない国ではありませんでした。

家族を通じた縁もありましたし、前職時代にも韓国貿易で何度も訪れていた国でもあります。

そのため、韓国での仕入れは、単なる海外買い付けというより、すでにどこか身体に馴染んでいた場所へ、改めて商品を見に行くような感覚もありました。

ただ、馴染みがあることと、商品を見立てられることは別です。

韓国の市場は、夜に本格的に動き出します。

昼間は一般のお客様向けの価格でも、夜の遅い時間になると問屋向けの価格に切り替わっていく。0時を過ぎた頃から、仕入れとしての時間が始まる。

そこから何時間も歩きます。

五時間、六時間と歩き回ることも珍しくありませんでした。

商品を見て、触って、選び、手で持ち帰る。

ハンドキャリーで運ぶこともあります。

かなり体力のいる仕事です。

けれど、韓国仕入れには大きな魅力がありました。

日本にまだあまり出回っていない商品がある。

日本の問屋を通す前の商品に触れられる。

仕入れ値も抑えられる。

そして、直接仕入れて直接売ることで、粗利も高く取れる。

実際、韓国から直接仕入れて直販した商品は、粗利六〇%以上を取れることも多くありました。

ただし、それは単に安く買えたからではありません。

どの商品に、どの価格をつけるか。

そこには、かなりの見立てが必要でした。


仕入値ではなく、価値で値段を見る

服の値段は、仕入値だけでは決まりません。

もちろん、仕入値は重要です。

けれど、それだけで売価を決めると、売場の価値を見誤ることがあります。

三千円で仕入れた商品でも、売場で見たときに二万円の価値に見えるものがあります。

逆に、四千円で仕入れた商品でも、六千九百円にしか見えないものもあります。

これは、単に高く売る技術ではありません。

商品が持っている完成度、素材感、シルエット、組み合わせやすさ、売場での見え方、お客様が感じる価値。

そうしたものを見ていく必要があります。

私はもともと、デザインを学び、服づくりに関心を持っていた時期がありました。

立体裁断やパターンにも触れてきました。

そのため、服を平面的な柄や色だけで見るのではなく、立体として見る感覚がありました。

服は、二次元では売れません。

写真でかっこよく見えるだけでは足りない。

ハンガーにかかっている姿がよくても、着たときにどう見えるのか。身体の上でどう落ちるのか。売場で他の商品と並んだときに、どのように立ち上がって見えるのか。

そこに完成度が出ます。

韓国仕入れでは、この見立てがかなり重要でした。

安いから仕入れるのではありません。

売場で価値が立つかどうか。

日本のお客様が、その価格で納得するかどうか。

組み合わせたときに、商品が一段よく見えるかどうか。

そこを見ていました。

仕入れは、商品を選ぶ仕事であると同時に、売場での未来の見え方を先に見る仕事でもあります。


見立てが当たると、売場は一気に動く

商品を見る目が当たると、売場は一気に動きます。

それまで少し停滞していた売場に、新しい商品が入る。

ディスプレイを変える。

組み合わせを変える。

価格をつける。

すると、お客様の目が止まり、商品が動き出す。

この瞬間には、独特の手応えがあります。

売場が呼吸を始めるような感覚です。

だから、私は仕入れが面白かったのだと思います。

ただ買うだけではない。

商品を売場に入れた瞬間に、店の空気が変わる。

その変化を見るのが面白かった。

そして、その見立てが当たれば、売上にも反映されます。

売れる。

追加する。

また売れる。

その循環が生まれる。

ただし、この循環には危うさもありました。

見立てが当たり、売場が動けば動くほど、周囲は「この人がやれば回る」と見始めます。

自分自身も、動けば何とかなると思ってしまう。

本来なら仕組みにしなければならないことを、自分の感覚と労働で埋めてしまう。

これは、成果を出す人ほど陥りやすい構造なのかもしれません。

売場を動かす力は、確かに強みです。

けれど、その強みが、組織の未整備を見えにくくすることがあります。


成果は、役割を固定していくことがある

仕入れが当たる。

売場が動く。

粗利が取れる。

商品が回転する。

それは、事業にとって良いことです。

しかし、成果はときに、役割を固定していきます。

この人が見れば売れる。

この人が仕入れれば回る。

この人が売場を触れば数字が動く。

そう見られるようになると、自然とその役割が集まってきます。

自分もまた、それを引き受けてしまいます。

嫌いな仕事ではない。

むしろ面白い。

成果も出る。

だから、引き受けてしまう。

ここに、実行役の危うさがあります。

人は、苦手なことだけで追い込まれるわけではありません。

得意なこと、面白いこと、成果が出ることによっても、深く巻き込まれていきます。

この時期の私は、まさにそうでした。

仕入れも、値付けも、売場づくりも、嫌いではなかった。

だから動けた。

動いたから成果が出た。

成果が出たから、さらに動くことになった。

この循環が、二度目の独立をしばらく支えていました。

けれど、その先には、別の問題が待っていました。

商品が増えれば、店舗も増える。

店舗が増えれば、人も増える。

人が増えれば、採用、教育、返品交渉、資金繰り、会議といった、商品を見る力だけでは済まない問題が増えていきます。

売場を動かす力だけでは、支えきれないものが増えていく。

そのことを、私はこの後、少しずつ知ることになります。

そして、もう一つ。

アメリカ商品をめぐる話には、単なる仕入れや見立てでは終わらない別の問いが残っています。

それは、創業者のこだわりが売場の現実とぶつかるとき、どのように判断を変えていくのかという問いです。

この話は、次の記事で改めて見つめていきたいと思います。



正解を探す前に、判断の前提を整える。

成果が出ているときほど、自分がどの役割を引き受けているのかは見えにくくなります。

得意なこと、面白いこと、結果が出ることによって、人はさらに深くその役割に入り込んでいくことがあります。大切なのは、何がうまくいっているかだけでなく、その成果を誰の負荷が支えているのかを見直すことです。

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