面白いからこそ、止まれなかった──二度目の独立で売場を回し続けた一年半

面白いからこそ、止まれなかった──二度目の独立で売場を回し続けた一年半

二号店のオープン時、前職の創業社長がお祝いに来てくれました。

お祝いを持って店に顔を出し、「齊木君、おめでとう」と言ってくれた。そのあと、帰り際には「左の側面の動線が違う」と、いつものように売場の導線を見て指摘して帰っていきました。

その出来事のあと、私はバックヤードで泣いてしまいました。

嬉しかったのか、張り詰めていたものが切れたのか、前の会社との関係がまだ自分の中で終わり切っていなかったのか。そのときの感情を、一つの言葉で説明することはできません。

ただ、いくら感情が揺れても、売場は止まりません。

翌日になれば、商品を入れなければならない。売場を整えなければならない。売れている商品を確認し、追加発注をかけ、在庫を動かし、店の空気を見なければならない。

二度目の独立は、静かに落ち着いて始まったわけではありませんでした。

予定されていた一号店は二号店になり、空白の一か月を埋めるために急きょ路面店を立ち上げ、結果として一号店と二号店がほぼ同時に動き始めました。

そこから先は、考えるより先に動く時間でした。

仕入れる。並べる。売れる。追加する。直す。動かす。

そういうことを、毎日のように繰り返していました。


仕事そのものは、嫌いではなかった

この時期のことを振り返ると、まず出てくるのは「大変だった」という言葉です。

けれど、少し丁寧に思い出してみると、それだけではありません。

仕事そのものは、嫌いではありませんでした。

むしろ、面白かったのです。

仕入れは面白かった。店に立つことも好きでした。店舗を巡回し、売場の状態を見て、どの商品が動いていて、どの商品が止まっているのかを確認することも、自分には合っていました。

店のムードをつくるために、バックミュージックを選ぶこともありました。

音楽を流しながら、ディスプレイを変えていく。商品を組み合わせ、見え方を変え、店内の空気を少しずつ整えていく。

それは、単なる作業ではありませんでした。

どの音がこの売場に合うのか。どの服を手前に出すと、お客様の目が止まるのか。どの色を隣に置けば、商品が立ち上がって見えるのか。どの位置に人の動きがあれば、店内が止まって見えないのか。

そうしたことを考えながら売場を触るのは、私にとってかなり面白い仕事でした。

売れている商品を見つけると、すぐに追加発注をかけました。

これはいける。これは動いている。これは今、店に必要だ。

そう感じると、迷わず発注を出す。

売場で起きていることと、次に打つ手がつながっている感覚がありました。

前職の創業社長から学んだ、現場で見て、すぐ動かすという感覚が、この時期にも強く残っていたのだと思います。

数字は、あとから出てきます。

その前に、売場の空気があります。

人の流れがあります。

商品が持っている力があります。

その力を、どこに置き、どう見せ、どのタイミングで追加するか。

そこを見ること自体は、嫌いではありませんでした。

むしろ、得意だったのだと思います。


売れすぎて、商品が入りきらないこともあった

一号店と二号店は、想定以上に売れました。

オープン当初は、追加の商品がバックヤードに入りきらないこともありました。

本来であれば、商品はきちんと管理された場所に置かなければなりません。

けれど、入荷量と販売速度が予想を超えると、保管場所が追いつかなくなります。

一時的に、非常階段の一部を借りて商品を置かせてもらったこともありました。

それくらい、商品が動いていたのです。

売れているということは、嬉しいことです。

店を開けたばかりの時期に、商品が動き、売上が立ち、追加が必要になる。事業としては、これ以上ないほどの手応えです。

しかし、売れているからこそ、止まれなくなります。

商品が売れる。

だから仕入れなければならない。

仕入れた商品をすぐに店に出さなければならない。

店に出した商品がまた売れる。

すると、また追加しなければならない。

この回転が速くなればなるほど、売場は活気づきます。

けれど同時に、そこに関わる人間の負荷も増えていきます。

私は、その負荷をかなり自分で引き受けていました。

仕入れ、発注、在庫確認、売場づくり、店舗巡回、スタッフへの指示、ディスプレイ変更、売れていない商品の処理。

一つひとつは、自分にとって嫌いな仕事ではありません。

だからこそ、余計に止まりにくかったのだと思います。

仕事が嫌いなら、もっと早く異常さに気づけたのかもしれません。

けれど、仕事が面白かった。

売場が動いていた。

自分が手を入れると、数字にも反応が出た。

その感覚があったから、私はさらに動いてしまいました。


結果が出ていると、負荷は正当化されやすい

この時期、元専務は売場の細かい実務にあまり口を出しませんでした。

結果が出ていたからです。

売れている。店が動いている。商品も回っている。

そうなると、細かいことを言う必要がなくなります。

実際、売場をどう動かすか、何を追加するか、どの商品を前に出すか、どのスタッフをどう動かすかといったことは、私の判断にかなり任されていました。

元専務は、相変わらずパチンコへ行くことも多かったように思います。

それをいま、人物批判として書きたいわけではありません。

前職時代から、そういう裁量や営業文化のようなものはありました。成果が出ていれば細かく問われない、という空気もあったのだと思います。

ただ、こちらとしては、少し複雑な感覚もありました。

仕事そのものは面白い。

売場も売れている。

けれど、実際に朝から晩まで動いているのは自分です。

商品の動きも、スタッフの動きも、売場の空気も、日々の細かな処理も、自分が拾っている。

結果が出ているから、誰も止めない。

結果が出ているから、負荷のかかり方も見えにくい。

結果が出ているから、「このままでいい」と見えてしまう。

これは、後から考えると危ういことでした。

成果が出ているときほど、何がその成果を支えているのかが見えにくくなります。

仕組みができているから成果が出ているのか。

それとも、一人の実行力が曖昧な部分を吸収しているから成果が出ているのか。

ここを見誤ると、成果そのものが、次の負荷を呼び込んでいきます。

この時期の私は、まさにその中にいました。


一年半、ほとんど休みはなかった

振り返ると、オープンから一年半ほどは、ほとんど休みがありませんでした。

朝早くから動き、夜遅く帰る。

仕入れに行き、店を回り、商品を出し、売場を直し、在庫を確認し、また次の手を打つ。

その繰り返しでした。

ただ、不思議なことに、当初はそれを単純に「つらい」とは感じていなかったのです。

もちろん、身体は疲れていました。

時間もありません。

休みもない。

家族と過ごす時間も、ほとんど取れませんでした。

子どもを連れてどこかへ遊びに行くような時間は、ほとんどなかったと思います。

仕事の途中で家に寄り、少しだけ子どもと遊ぶ。

そんな形で、かろうじて家族との接点をつくっていた時期もありました。

そのことについては、今でも申し訳なさがあります。

けれど、当時の私は、どこかでこうも思っていました。

創業初期は、中心にいる人間がこれくらい動かなければ回らない。

一度目の創業経験もありました。

前職の創業社長の動き方も見ていました。

会社がまだ形になっていない時期は、誰かが現実の細部に入り込まなければならない。

商品、人、売場、資金、取引先、スタッフの動き。

そのどれもが未完成のまま動いているからこそ、中心にいる人間が自分の身体でつないでいく必要がある。

その感覚は、私の中にありました。

だから、休みがないこと自体を、すぐに異常だとは思いませんでした。

むしろ、創業初期とはそういうものだと受け止めていたのだと思います。

ただ、そこには危うさもありました。

覚悟と無理は、外から見ると似ています。

創業初期に必要な集中と、長く続けてはいけない負荷も、最初は区別しにくい。

面白い仕事であればあるほど、その境目はさらに見えにくくなります。


創業初期の覚悟と、続けてはいけない無理

私は、創業初期には中心人物がかなり動く必要があると思っています。

まだ何も整っていない時期に、すべてを仕組みに任せることはできません。

現場を見なければならない。

お客様の反応を見なければならない。

商品がどこで止まっているのか、何が売れているのか、スタッフがどこで迷っているのかを見なければならない。

創業初期に、中心にいる人間がそこから離れてしまうと、現実のズレが大きくなります。

だから、この時期に私が動いたこと自体を、すべて否定したいわけではありません。

むしろ、その動きがあったから、一号店と二号店は立ち上がり、売場は回り、商品も動いたのだと思います。

問題は、その負荷がいつまで続くのかです。

最初だけなら、覚悟と言えるかもしれません。

けれど、それが一年半続く。

休みがなく、朝から夜まで動き続ける。

しかも、その状態が成果によって正当化されていく。

そうなると、覚悟だったものが、いつの間にか仕組みの未整備を隠すものに変わっていきます。

本来なら分担すべきことを、一人が抱える。

本来なら仕組みにすべきことを、現場対応で乗り切る。

本来なら立ち止まって確認すべきことを、売上の勢いで先へ進めてしまう。

この構造は、一度目の創業でもどこかにありました。

そして二度目の独立でも、形を変えて繰り返されていました。

当時の私は、まだそれを十分には言葉にできていません。

ただ、今振り返ると、あの一年半は、仕事の面白さと、実行役としての危うさが重なっていた時間でした。

面白いから動ける。

動けば成果が出る。

成果が出るから、また動く。

その循環は、しばらくの間、強い推進力になります。

けれど、同時に、止まる理由を見えにくくしていきます。


売場は回り、次の出店の空気が生まれていった

一号店と二号店が売れ、商品もよく動き、売場にも勢いがありました。

そうなると、次の店舗を出したいという話になるのは、ある意味では自然な流れです。

売れている。

このやり方でいけるのではないか。

もう少し広げられるのではないか。

事業をしていれば、そう考えるのは不自然ではありません。

私自身も、三店舗くらいまでは出してもよいのではないかと思っていた部分があります。

ただし、それは低コストで回せる範囲なら、という感覚でした。

居抜きに近い形で出店できる。

内装費を抑えられる。

商品を入れれば、ある程度すぐに売場として動かせる。

そういう条件であれば、拡大にも現実味がありました。

けれど、店舗が増えるということは、単に売場が増えるということではありません。

人が増えます。

商品群が増えます。

在庫の種類が増えます。

店舗ごとの顔も変わります。

駅ビルなのか、路面店なのか、地方の商業施設なのかによって、求められる売場も違います。

つまり、店舗数が増えるほど、現場で吸収しなければならない違いも増えていくのです。

この時点では、まだそこまで深刻には見えていませんでした。

売場は売れている。

仕事は面白い。

自分が動けば、なんとか形になる。

そう感じていたからです。

けれど、その感覚が、次の段階ではさらに大きな負荷を呼び込んでいきます。

やがて三店舗目、四店舗目の話が動き出し、店舗の形も、人の問題も、商品の管理も、少しずつ複雑になっていきます。

面白かった仕事は、まだ面白いままでした。

けれど、面白いだけでは支えきれないものが、少しずつ増え始めていました。



正解を探す前に、判断の前提を整える。

仕事が面白く、成果も出ているときほど、自分がどれだけの負荷を引き受けているのかは見えにくくなります。

動けること、成果を出せること、現場を回せることは大切です。けれど、その力が仕組みの未整備や役割の曖昧さを覆い隠していないかを見直すことも、同じくらい大切です。

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